鋭い痛みが走る。きっと私は殴られたのだ。
そう、趙雲の頭が追いつくまでに僅かな時間を要し、その間にも鋭い痛みの追撃がやってくる。
もっとも、頭で理解出来たところで、理解と納得は別のものである。
彼は、じっと目の前の青年をみつめた。
意外に背が高く、見上げる事なく彼を睨み付ける、への字に口を歪めた青年は、若者の持つなめらかな眉間に皺を寄せ、何か言ったらどうです、と口にした。
「何故私は殴られなければならぬ?」
どうやらそれは今の彼に一番投げてはいけない言葉のようだった。
みるみるうちに目の前の青年の眉がキリキリと上がり、手が振り上げられた。
…しかし、その手が振り下ろされることはなかった。
趙雲の手はすばやく青年の手首を掴んでいたのだった。
「失礼があったのだろう?」
その言葉を耳にした青年はむっとした表情のまま、しかしゆっくりと振り上げた手を下ろした。
「すみません」
「先程の軍議の事だろうか」
「…すみません」
呟きながら青年は歩き出し、趙雲も振り返り、しっしっ、と手を振ると彼の後につく。
先程、青年が彼に向かい平手打ちをした、その音が響き、部屋から数名の兵士たちが顔を覗かせていたのだ。
「しかし痛かった」
「そ、それは子竜殿が悪いのです!」
つい、と顔を背け、歩を速める青年。だが背にはさほど差のない二人、
「気が回らぬ性分でな、申し訳ない」
すぐに趙雲が半歩程後ろに追いつく。
「軍議で若造だ書生だ何だと言われていたのをすっかり失念していた」
「忘れていた…?」
足を止め、ぎっ、と彼は睨んだ。
「ああ、すまない」
ふ、とため息をつく趙雲。
「…しかし雲長殿や翼徳殿も」
「解ってます、突然得体の知れぬどこぞの若造を水魚だなんて言われたらいい気持ちにはなれぬでしょうね」
再びつかつかと歩きながらぼやく彼。だが、先程の怒りは多少冷めてきたようだった。
「解っているのなら何故」
「誰だって八つ当たりぐらいします」
「ふむ」
不意に、趙雲が足を止め、その足音が聞こえなくなる。
「どうしまし……」
訊ねるための言葉を口にしながら振り返った青年のそれは、後ろを歩く者の平手により遮られた。
「八つ当たりだ」
わずかに笑む趙雲の顔、そして触れるようでありながら、殴られたと解るだけの衝撃を頬に感じ、彼は口をへの字に歪めた。
「張本人を殴るのは八つ当たりとは言いません」
「そうか、すまない」
頬を押さえ、ふっとその口の端を歪めると、彼はすたすたと歩き出していた趙雲を追った。
*9題(9番目)の派生。
- 作品名
- Part.9
- 登録日時
- 2009/04/05(日) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲