視界一面にうつる少女の顔。
思わず彼は顔をしかめる。
「そんな顔しないでください、ユーリ」
彼女は少し微笑み、言葉を続けた。
「少し、お話しませんか」
ユーリと呼ばれた青年は肯く。――嫌な予感はする。だが、目の、前の少女、エステルはきっとあきらめない。絶対にあきらめない。
有無を言わさぬ目で、じっと彼を見ているのだから。
砂漠を吹く風が、海へと流れ、さざ波と踊り、水面に映った月を揺らし、散らす。
「で、なんだ?まさか夜這いってこともあるまいし」
長い髪を邪魔そうに弄び、ユーリの言葉に一瞬頬を赤らめるエステルだったが、二つほど瞬きをすると、すぐに彼に向き合った。
「フェローに、明日会いに行きます」
「知っているさ」
ひゅう、と風の音。
「わたしは」
エステルの手が、僅かに震えている。
「何者なのか、知りたいんです」
それも知っているさ、と口にしようとして、彼は気付く。――ここは彼女の言葉を待つべきだ、いつもの調子で押しつぶしてはいけないと。
その代わり、言葉が出た。
「知りたいのか、知ってどうするんだ」
誘導であったかもしれない、だが。
「もし、私が」
駄目だ。止めなければ。
「本当に世界のためにならなければ、ユーリ」
駄目だ。
「ユーリは、私のこと」
肌を打つ音。
ぽかんと口を開けたままの少女。
おそらく、誰か――信頼を寄せる者に、頬を打たれるなど、初めてのことなのだろう、だが、気丈な姫様だと思ったその第一印象は揺らぐことなく、涙一つこぼさず彼を、そのあっけにとられたような瞳で見つめる。
あ、と声が上がった。一拍おいて。彼女より先に口を開いたのはユーリだった。
「その先は、言うんじゃねえ」
俯き、低く、吐き捨てるように。
「でも」
「寝るぞ!俺は!」
そのまま、踵を返した。彼女の顔を見ないままに。
――きっと、振り返れば肯定してしまうから。
それを――
水面の月が揺れる。揺れて、乱れる。
しばらくそれを眺めていた少女は、やがて歩き出す。
明日は、早くなりそう、などと呟きながら。
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フェローに会う前の話。
街としてはヨームゲンの雰囲気が好きです。あの儚さ含め。
contradiction = 矛盾
- 作品名
- contradiction(TOV/ユーリ&エステル)
- 登録日時
- 2018/01/30(火) 00:25
- 分類
- 文::その他