とん。とん。まな板に包丁の音が響く。
ぽこっ。使い古した鈍色の鍋の底、ふわっと気泡が広がる。
ひとつだけ、あがった気泡は、すぐに仲間を呼び寄せ、鍋の底で思い思いの言葉を結ぶ。
とん。包丁の音を止め、彼は鍋を見つめた。
「あと5分」
呟き、彼は自らの父を呼び寄せようと窓の外へ視線をうつし、彼はそれに気づいた。
「早いものだな、1年か」
空から舞い降りる、雲の切れ端を、その青空のように澄んだ瞳に映しながら。
”向かい合わせの。”
一口大に切った鶏肉と、玉ねぎ。
まな板を持ち上げると、鍋へと流し込む。
鍋の中で大暴れをしていた透明な泡たちがお喋りを止め、肉と玉ねぎを迎え入れる。
「ちょっと、香りが抜けてしまうかもしれないな」
聞かれることのない独り言は、白い霞とともに、消える。
テレンス!
鍋の中をお玉でなぞりながら、かつての旅のことを思い出す。
無理やり因縁を剥がした結果、自分自身と別れてしまった少年のことを。
「ねえアーネスト」
鍋に語り掛ける。
――もちろん、鍋は彼の友人ではなく、鍋に語り掛けようと思いたっての行動ではないが、窓の外の雪に話しかける気持ちにはなれずのことであった。
「私、料理また上手くなったんだ」
鍋の中、跳ね回る鶏肉と玉ねぎを見つめながら。
「きっと私の料理を食べたら、結婚しようって言うだろうな」
お玉を上げ、卵を手に取った。
ホウロウのボールの角に、軽くぶつける。
カツン、と軽い音が響く。
「本当は」
手にしたフォークで、ホウロウのボールの中をかき混ぜる。
「迎えに行きたいんだよ、アーネスト」
そのまま、鍋の中へ。
「だって」
――愛してる。その言葉に、私は返事を返していないんだから。
「今日は親子丼か」
食卓に並んだ2つの丼に、老人はほう、と声を上げた。
「親子だからね、なんて。パパ上」
ほう、という感嘆のため息は、すぐにはぁ、という落胆のそれへと変化した。
「結局直らんかったのう、それだけは」
「おそらく、それが本当の私なんでしょう」
はぁぁ、先ほどより深いため息。
「そうじゃ」
鈍色の匙で丼の底に残る米をつつきながら、老人は口を開いた。
「山のほうがまたざわざわしとるんじゃ」
「山?」
彼は首を傾げて訊ねた。
「そうじゃ、ひょっとしたらまた旅人が迷っておるのかもしれんの」
「私に見にいけということかな……聖騎士返上ですっかり私も弱くなってしまったんだけど、相変わらずのパパ上だ」
「そうは言うてもの、テレンス」
続く彼の父の言葉に、外套を手に、思わず苦笑した。
――見に行く気満々じゃないか。
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セカホモトゥルー、テレンスとアーネストの再会の前の話。
- 作品名
- 向かい合わせの。(ホモなれ/セカホモアナザー)
- 登録日時
- 2018/09/02(日) 21:33
- 分類
- 文::フリゲ