うっすらと開いた窓から夜風と共に月の光が縞を作るように射し込む、襄陽城の廊下。
前を行く彼が、ふ、と振り返り、少しの間趙雲をじっと見つめ、すぐに瞳を逸らし辺りをきょろきょろと見回す。
「軍師殿?」
趙雲は思わず声をかけ、やがて彼の行動の意味を理解し、彼を視界の中心からややずらし、視線だけで同じ様に「探った」。
「誰もいない様だ、何か言いたいことがあるのか?」
「子竜殿……でしたね」
「ああ」
一歩、彼は踏み出した。二人の距離が僅かに縮まる。
「どうした」
趙雲は腰に手を当て口を結んだまま彼を見つめる若き軍師を眺めた。
「……子竜殿」
趙雲は訊ねようとしたがその言葉は突然伸びた手に遮られた。向かい合った彼が趙雲の頬を掴んだのだった。
「なっ、なにをなひゃる」
その細腕から想像もできないような鋭い痛みに慌てて彼の腕を掴む。
腕を掴まれた青年はしばしその腕を眺めていたがやがて納得したように手を放し踵を返した。
一方の趙雲はつねられ、片側だけ紅く色付いた頬を擦りながら
「……先程から軍師殿のすることは訳が解らない」
そう呟いた。
こつん。靴音がひとつ、廊下に響く。
「試しました」
「試した?」
こつん。柱の陰に入ったのか、青年に影が差す。
「ええ」
「……正直に言うのだな」
「そうでしょうか」
振り返った。表情は影のせいで伺い知る事が出来ないが羽扇をその口許に添えている事は解った。
「それが答えです」
ふっ、と趙雲は笑んだ。
「面白い軍師だ」
「そうでしょうか?」
「ああ、最高に面白い」
そのまま彼の横に並び、小さく呟いた。
まさか奇襲のみの軍師ではあるまい、と。
「まさか」
そう口にし青年はぷっ、と吹き出すのだった。
- 作品名
- nip the heart
- 登録日時
- 2008/11/17(月) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲