歪む景色に映るのは少女とも呼べる女性の顔。
胸に抱くはその幼子。
揺らぐ足に鞭を打ちつつ、彼は自らの馬にしがみつく。
目の前に躍りかかる兵士、それを一息で薙ぎながら、大きく息をついた。
「子竜っ!」
字を呼ばれ、彼は横目で声の主を確かめる。
「と、とのっ…」
その瞬間、視界が反転する。
腕を引かれたのだ、そう気付いたときには既に遅く、彼の背中を衝撃が襲った。
はっ、とでた息に、彼は全てが抜けていく脱力感に襲われ、そのまま大の字に広がった手足はいうことを聞かないまま、だらりと垂れ下がる。
「もう…」
そっと瞳を閉じ、覚悟を決めつつも、腕を動かす。
胸に抱いた幼子だけは、消えぬその思いだけを胸に。
「しっかりするんだ!」
だが、引き落とした主の取った行動は鋭い刃の一撃ではなく、そっと頬に触れ、彼の顔を覗き込むことであった。
「…との?」
その主は、まさしく、彼が主と仰ぐ者、劉玄徳その者であった。
「子竜、今の今まで何をしておったのだ!」
趙雲が見上げ、ゆっくりと口を開く、その動きすら待てぬその顔には、焦りと心配が溢れていた。
「…そなたが、無事で好かった…」
助かったのだ…そう溜息をついた趙雲だったが、何かに気付いたようにすぐに身体を起こした。
「殿!」
身体の軋むようなぎりっ、という音が響くが、それにも構わず、伏せた彼は胸元に抱くそれを差し出す。
「御子、阿斗様です」
腕にかかる重みがすっと抜ける。
ああ、助かった、そう彼が感じた瞬間。
目の前を布包みが通り過ぎていく。
それは、先程まで抱きしめていた者であり、彼は、そのまま大地に落ち、大きな泣き声を上げ始めた。
思わず、彼は頭を上げる。おそらく、珍しく驚きを表した表情をしているのだろう、それを見つめた劉備は、趙雲を抱きしめ、身体を離すと
「…そなたのような猛将を失うほうがずっと恐ろしい」
そう呟くと、すぐに立ち上がり、近くの青年を呼びすぐに指示を始めた。
「もう、立てそうですか?」
劉備が去ってしばらくの後、未だ立てず跪く彼に声をかける者が居た。
「……軍師殿か」
新しくこの軍に加入したばかりの青年軍師が、涼しい顔で彼の隣に腰を下ろしていた。
「ええ、……何をお考えで」
彼は首を傾げながらも、そっと趙雲に訊ねる。
「少しだけ、あの方のことを考えて」
「今は」
そこで彼はようやく、青年軍師が胸に抱いている者の存在に気付く。
青年は、そっとそれを彼に押しつけ、口を開き
「今は、助けた者の命だけを見てください」
そっと、「彼ら」を抱きしめた。
「おかえりなさい、そしてありがとうございます」
- 作品名
- live under lived
- 登録日時
- 2009/03/13(金) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲