廊下を歩く一人の男性。腕には白い小花を抱えている。
彼は振り向いた。一人の男性が、花を抱えた彼の元へとゆっくりと歩み寄り、彼は歩を止め彼を待つ。
一言二言話し、男性の抱えた花束の上に、もう一人が桃色の花を乗せる。
感謝であるのか、はたまた花の意味を疑問に思ったのか、桃色の花を持っていた彼に、白い小花の彼が訊ねる。
だが、桃色の彼は、微笑むだけであった。
桃色の男性が去った暫くの後、白い小花の彼は、その「思い入れの強い花」が彼と彼の兄への最大の気持ちであることに気付く。
そんな、柔らかい日差しの差し込む昼下がり。
趙雲の部屋を訪れた馬超は、部屋の主が不在であることをどこか天敵のように感じる青年こと諸葛亮より伝えられた。
ならば、と訊ねた彼に、諸葛亮は忌々しげに首を横に振ると、私にもわからないと呟くのだった。
いつもであればここで睨み合いになるのだが、彼らの関心はそれよりも居ないこの部屋の主であって、目の前の「下らない相手」ではなかった。
やがてしびれを切らし、なあ、と訊ねる馬超、そして諸葛亮。二人の声は綺麗に重なり、沈黙が訪れた。
それを破ったのは二人が待ち続けていた部屋の主、趙雲その人であった。彼は山のような白い花と一輪の桃色の花を腕に抱き扉を開けたが二人を認めると急いで踵を返した、が、妙に息のあった二人に両肩を掴まれ停止する。
肩を止められて身動きが身動きがとれず、しかし振り返りもしない趙雲の背中に口々に疑問をぶつける諸葛亮たち。
暫くのあいだ、口を開かずにいた趙雲だったが、全く解放する気のない二人に諦めたのか、口を開く。
「生まれ日だ」
だが、ますます火に油を注ぐ事になったようだった。彼の後ろの声が一層賑やかになる。馬超に至っては口笛まで吹き出す始末。
思わず脱力したのかうなだれる趙雲。
しかしすぐに顔を上げ、振り返る。
「楽しいか、ならば共に行かないか?」
思わぬ言葉に、馬超は勿論、諸葛亮も目を丸くして驚き、言葉が途切れた。
「いいのか、美人なのだろ?」
「何の話をしている」
「何を…って決まってるではありませんか、よき人の話ですよ」
長い長いため息をつく趙雲、彼は呆れたように言葉を口にした。
「思い切り勘違いをしているな、向かうのは墓だ」
墓!?と諸葛亮、馬超、二人の声が奇麗に重なった。
墓に手を合わせ、膝をつくと彼は桃色の花をそっと添えた。
「これは殿から兄上に、だそうだ」
彼の隣、手を合わせながら、馬超は呟く。
「子竜に兄がいたとは…」
「初耳か?」
「初耳です」
諸葛亮も同調する。
「だろうな、孔明殿に会ったときにはもう居なかったからな」
「ということは、この墓は」
「空の墓だ」
そして彼は本当の墓には暫く参っていないと口にした。
「こうでもせぬと兄上に不孝者!と叱られる気がしてな」
「…成程な」
頷いた馬超の横、ゆっくりと立ち上がる趙雲。
その顔は、穏やかな笑みを湛えていた。
「孟起殿、孔明殿、成り行きとはいえかたじけないな、……礼を言う」
「何を急に?ま、俺達は好きで」
「私は好きで来たのですから」
馬超の発言に割って入る諸葛亮。彼はにやりと笑みながら馬超を眺めた。
…無言で睨み合う二人。
そんな二人を眺め、趙雲はふっと短いため息をつき、歩き始めた。
すぐにそれに気付き彼を追う同行者、先に追いついた馬超が彼に俺の事も兄上と呼んでもいいんだぞ、と口にし、呆れた視線を食らう。
その後も下らぬ会話をしながら墓を後にする一行であった。
だから、彼らは気付かなかった。
供えた花が、風もないのに揺らめいていたことを。
- 作品名
- little brother(+馬超/趙雲兄ネタ)
- 登録日時
- 2009/05/03(日) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲