「改まって頼むことがある」
趙雲は、そう言った。
まいりとるぷりんせす
「何事かと思えば…私にわざわざあらたまることでもないと思うんですよね」
彼の隣で大きなため息をつく諸葛亮。
「そもそも、相手を間違えてませんか」
「悪かった」
諸葛亮の嫌みを一言で流し、趙雲は小さな髪飾りを手に取った。
「だが私は武人だ、しかも顔が割れている」
彼らが居るのは、月に数度行われる市の中の、装飾品を扱う露店であった。
「ですね、当陽の英雄ですからね……まあ、私を連れ出してくれたことは感謝します」
あのままだと、仕事してくださーい!と伯約が泣き出すところでしたし、そうぶちぶちと呟きながら、諸葛亮もまた、髪飾りを手に取る。
「帰ったら泣いているぞきっと」
趙雲の言葉に、諸葛亮はふるふると頭を振る。
「冗談じゃありません……ところで子竜殿」
「好いのがあったのか」
「いえ、幾つになられたのか、と思いまして」
手にした淡い緑の髪飾りを見つめたまま、諸葛亮は趙雲に問いかける。
「私か」
「いえ、お嬢さんです」
くるくるとそれを回しながら、彼はわずかに首を傾けた。
「二十歳になるかならないかだと思うが」
「じゃあ、行ってもおかしくはないですよね」
薄い桃色の髪飾りを持ったまま、趙雲は無言で続きを促した。
彼の視線を認め、突然、諸葛亮の、くるくる回していた手が止まる。
そのまま、髪飾りを元の位置に収めると、彼は手を伸ばす。
「…お嫁さんに決まっているじゃありませんか、それとも」
口の端を僅かに上げ、彼はすっ、と髪飾りを胸元に掲げた。
それは、金やら銀やら水晶やら紅やらで飾り付けられた、店で一番仰々しいものであった。
「…何が言いたい」
「娘だと、思っていますか」
にこやかに、しかし射るような視線を趙雲に向け、諸葛亮はそれを彼に突きつけた。
そんな彼を、趙雲はしばらくの間、見下ろしていたが、ふっと息を吐いた。
「負けだ」
そう言って微笑む。
「ま、伊達に主従してませんから」
…諸葛亮も。
「どうするんです」
「さあな、あの子の好きにさせてやりたいからな」
そして趙雲は今まで手にしていた髪飾りを戻すと真っ赤な石のついたそれを手に取った。
「そう言っていると、孟起殿の奥方になっちゃいますよ」
「それは困るな、あれと一緒になると弓腰姫も顔負けになる」
趙雲の言葉に、たまらんとばかりに笑い出す諸葛亮。
そのまま、諸葛亮と、彼につられた趙雲、二人は笑いあうのだった。
数年前、夏口。
「さわらないで!」
鋭い音に後れること僅か、趙雲の頬に痛みが走る。
彼の目の前、涙を浮かべた少女が手を振り上げていた。
彼女の後ろでは、二人の少年が僅かに顔を覗かせている。
ああ、私は殴られたのだ、その様子を見て、彼は悟った。
おそらくは、先の逃避行で親を失った子だろう、守ってくれる者を失った者の、そうすることでしか自らを守れない姿を、幾度も見てきた故の、直感であった。
「…私が悪かった、すまない」
「え」
少女の瞳が揺らぐ。
その隙を、彼は見逃さなかった。
すかさず、彼女の手を取り、少年達ごと抱きしめる。
「は、はなし…て!」
じたばたともがく少女。
「お前たち、名は」
構わず、彼は訊ねる。
しばらくもがき続けていた少女だったが、やがて観念したのかぽつりと自らの名を口にした。
続いて、彼女の様子をきょとんと眺めていた少年達も。
それを聞き、三人の名を呼んだ趙雲は、口をわずかに動かした。
もう、心配はいらない、と。
- 作品名
- まいりとるぷりんせす(趙雲&孔明&趙雲嫁)
- 登録日時
- 2009/12/03(木) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他