きらきらと輝く白い絨毯に、遠くに見えるは遥か蜀の山々。
少年は、声にならない叫びを上げると、止める彼の手を振り切り、駆け出していった。
ゆきのことこのうた
小さな少年が白い息を纏いながら、身体に似付かわしくない長い外套を捲り上げ、大きく開いた手を白い大地へとゆっくりと降ろす。
そして、程なくひゃあ、という高い声が雪原に響いた。
それを、二人の青年が遠くから眺めていたが、やがて一人の、若い青年が口を開く。
彼、諸葛亮は大雪とは珍しいですね、と口にし、屈むと目の前の白い塊を手に取った。
世界より切り取られたその白い塊は彼の手の上で転がり、彼の手の熱により少しずつ大きさを無くしていく。
「ああ、荊州や華北でもこれだけの雪はなかなか見られるものではないな」
諸葛亮の手の上、転がされ続ける雪玉を横目で眺めながら、もう一人の青年、趙雲は諸葛亮の言葉に応えた。
「そういえば、子竜殿は河北の出身でしたね」
転がしていた雪玉を、きゅっと握り、口の周りに綿のように広がる吐息を払いながら、諸葛亮は呟く。
「ああ、昔は友人と共に遊んだものだ」
「へえ、子竜殿でも?」
彼の手から、雪玉が放たれる。
「誰にだってあるものだろう」
それは、放物線を描き、宙へ舞い、彼らとは少し離れたところで熱心に雪玉を転がしていた少年がきゃあきゃあと騒いでいた声を止め、ただただ舞い上がった雪玉を目で追いはじめた。
「無邪気な時代のことは、忘れましたねえ」
趙雲の問い掛けに笑みながら応えた諸葛亮の言葉に、雪原は水を打ったように静まり、どちらともなくほう、と溜息の声が落ちる。
その時だった。
えいっ、という声が雪原に響いた。
そしてそれに気付いたのは、僅かに趙雲の方が早かった。
彼はあ、と声を上げた。続いて、孔明殿、と。
程なくして、諸葛亮も気付いた。
だが、それは、致命的な遅れとなってしまっていた。
頭に白い花が咲き、驚いた顔のまま、きらきら輝く雪の粉とともに雪原へ沈む諸葛亮。
そして、嬉しそうな少年の笑い声が響く。
「子竜!」
「あ、阿斗様」
何かの笑い咄のように立っていた格好のまま雪に沈んでしまった諸葛亮の外套の裾を引っ張りあげながら、趙雲は駆け寄ってきた少年の方を向いた。
「孔明の真似をしてみたのじゃ!どうじゃ?」
にこにこと笑う少年、阿斗に、趙雲は僅かに苦味の入った笑みを浮かべた。
もちろん、不意打ちは好くない。彼はそう思ったのだった。
だが、彼は諸葛亮に雪玉をぶつけると同時に、一瞬だけ諸葛亮の表情にうつったものをも壊していったような気がしたため、叱るのを戸惑ってしまったのだった。
それに、これを叱るのは、私の仕事じゃない。
彼はこっそり心の中で呟いた。
……彼の思っていた事は当たった。
人型の穴より救出された諸葛亮は、口をへの字に結び、阿斗様、と皇子である少年の名を呼ぶと、ぎゅぎゅっと雪玉を作り、
「人に雪玉を投げてはいけません!」
と叫びながら、自らも雪の玉を阿斗に向かい投げ出したのだった。
「子竜!孔明が虐めるのじゃ!」
しかしそこは皇子、趙雲の後ろにささっと隠れ、そして、
趙雲の顔に雪玉が命中し、白い花が咲く。
「あ、」
「子竜!」
二人の驚いた声が重なる。そしてそれは、三つ巴の争いの始まりを告げる鐘となったのだった。
――その夜。
ふう、と劉備は大きな溜息をついた。
「孔明や阿斗はともかく、子竜、お前さんまで必死になるとは」
「申し訳ございません」
全身に手ぬぐいを巻きつけ、趙雲はうなだれた。
あれから数刻後、城門を通りかかった劉備が見たのは、全身ずぶ濡れになった男三人組であった。
すぐに彼により湯や着替が用意されたが、明日あたり阿斗と諸葛亮は倒れるだろう、と二人は見ていた。
そのこともあり、頭を深く下げたままの趙雲を、しばらく見ていた劉備だったが、程なくして口を開いた。
そして、彼の言葉に、趙雲は目が丸くなったまま暫く戻らなくなるのだった。
…ま、今度は誘ってくれ、な?
- 作品名
- ゆきのことこのうた(ゆきあそび/阿斗様と趙&諸)
- 登録日時
- 2009/12/04(金) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他