勢いを殺すことは出来なかったのか、あるいは滑りがいいのか、派手な音を立て、その引き戸は左右に吹っ飛んだ。
そして、引き戸があった場所、一人の青年が左右の戸に両手をつき、肩を上下させながら立っていた。
彼は部屋の中の複数の視線に気付き、息を整えると奥の席に腰掛ける男性を見つめ、ふうっ、と大きな息を吐いた。
「趙子龍ッ、ただいま参上致しましたッ!」
奥の男性、彼の主君、劉備は趙雲を眺め、微笑みを浮かべた。
おっとり刀で駆けつけて
「子龍…そなたは確か」
微笑みを浮かべながらも、首を傾げる劉備。
それもそのはず、彼は昨日より行軍訓練のため、成都を出ており、したがってこの軍議の場に参加する事が出来ない、そう劉備は報せを聞いていた筈だった。
もっとも、その報告を受けたのは、劉備が各将への報せを伝令に託した後であったが。
「…入れ違いで、伝令が向かっていたか」
「はい」
趙雲は頷いた。
「私、報せを頂きまして、押っ取り刀で参りました」
劉備は頷く。
「そうか、そなたには悪い事をした、しかし…」
慰めの言葉を口にしつつも、席の空きを探す劉備、だが、その言葉を遮る者がいた。
「…ちんたら来て慰めを頂くのか」
馬超だった。彼は不愉快そうな感情を隠すこともなく、彼に棘のある言葉を投げた。
さすがに、その言葉に、趙雲もかちんと来るところがあったのだろう、馬超を睨む。
「どういうことだ」
「入れ違いなのは仕方がないにしてもおっとりのんびり来て被害者面するのか、という事だ」
不愉快を怒りに変え、馬超は刺々しい言葉を更に口にした。
つられるように一瞬、趙雲の眉が上がるが、
「誰がおっとりのんびり……」
直ぐに沈黙し、何かに気付いたように目を大きく開いた。
「……孟起殿、まさか」
馬超の隣に座っていた諸葛亮が小さく頷く。
そして、掴みかからんばかりに趙雲を睨みつける馬超。
趙雲はひとつ息を吐くと、馬超に向かい合った。
「孟起殿、遅れまして申し訳ない、……しかしひとつお尋ねしたい」
「何だ?」
不意を突かれたのか、わずかに表情を緩め、趙雲の方を向く。
「押っ取り刀、という意味をご存知だろうか」
「何を訊く、知っているに決まっている、」
周りの目が、彼に集まる。
彼は、ひとつ呼吸をすると、口を開いた。
「おっとりと刀を準備する事だろう!」
議場が、静寂に包まれた。
数刻後。
軍議を終え、趙雲は一つのびをした。
「…訓練を王平殿に任せてあるからな、急がなくては」
その時だった。彼の後ろにひとりの青年が立った。
「すみません、子龍殿」
それは、姜維であった。姜維は、困ったような笑みを浮かべながら、突然趙雲に頭を下げた。
「…すみません!私も、子龍殿の事を誤解してました!」
木簡を抱えたまま、姜維はもう一度、深々と頭を下げた。
「どういうことだ、伯約殿、……まさか」
「ええ、まさかです」
そう言いながら、頭を上げた姜維、その顔にはなんとも言えぬ笑みが浮かんでいた。
そのまま、二人、いや、合流してきた馬超たち数名も含め、彼はしばらく笑い声をあげるのであった。
- 作品名
- おっとり刀で駆けつけて(槍族メイン/押っ取り刀ボケ)
- 登録日時
- 2009/12/28(月) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他