「わしもか?」
素っ頓狂な声が上がる。それは彼らの主君、劉玄徳の放ったものであった。
彼は長机の横、僅かに装飾の施された椅子に凭れ掛かり口を尖らせている。
「殿もです」
きっぱりと言い放つ諸葛亮。なおもまだぶうぶうと言い放つ彼に対し、諸葛亮はゆったりと歩み寄ると彼の前に跪く。
「…寧ろ、殿が一声仰るのが手っ取りばや……いえいえ、殿を慕い、殿の言葉を待つ民が沢山いるのです」
「何か言ったか?孔明」
首を傾げる劉備に、諸葛亮は首を横に振った。
「いえいえ」
ゆるりと劉備の言葉を否定すると、彼は立ち上がり、長机の天板を軽く平手で打つ。
ぱん、といった軽い音が部屋に響き、一同は…いや、二日酔いで机に伏せっている張飛と馬超以外の瞳が彼の発言を促す。
視線を全身に浴びながら、彼はゆっくりと口を開いた。
「では、本日の軍議はこれまで…」
「お待ち下さい、孔明殿」
す、っと手が上がり、一人の男性が腰を上げる。
「……おや、珍しい」
不思議そうに腰を上げた彼を眺める諸葛亮。
席を立った男性は服のすそを整え、僅かに朱が差した顔でじっと彼を見つめる。
「本日は軍師殿に願う事がありまして」
「どうしました?子竜殿」
趙雲に訊ねながら、諸葛亮は席に腰を下ろす。
いつもより綺麗に決められた、と思っていた締めの一言を彼に遮られたので、少々不機嫌なのが見て取れる。
下らない事を言ったら怒るぞ、そう目が語っている。
「個人的な事で申し訳ないが、部屋の配置換えを願いた」
「却下します」
どうやら、諸葛亮にとっては下らない事、に相当したらしい。
趙雲が要望を口にする前に彼はそれを斬って捨てる。
取り付く島もないその言い方に応えるように趙雲は腕を組み何事かを考える様子を見せ、会議場に沈黙が広がった。
あまりの沈黙に、伏せっていた二人組の片割れ、馬超が何事かと顔を上げたそのとき。
「……し、子竜、部屋の配置換えとはどういうことだ?」
どこか気まずい空気に耐えかねるように、劉備が助け舟を出す。
「…申し訳ありません、殿。我侭とは解ってはおりますが」
却下されてはいるが、食い下がる気であったのだろうか、おろおろした様子もなく、彼は視線を諸葛亮より劉備に移した。
「ああ、まあ……気にしないでくれ!」
満面の笑みでそれに応えた劉備に微笑みを返し、趙雲はありがとうございます、そう呟く。
一方、諸葛亮は机に肘をつき、不機嫌そうに趙雲と劉備のやりとりを眺めている。
拳骨の形に握られた手が頬に当たって顔がゆがみ、不機嫌そうな顔と相まって非常に不細工である。
何が其処まで気に食わないのか。本人以外解らないことではあるが、それはさておき。
「今の部屋のどこが不満だというのだ?……おぬしがこういう場で言うのは珍しい事だからな」
劉備が腕を組み、彼に発言の理由を訊ねる。
その言葉に、一瞬困ったような表情を見せ、趙雲は口を開いた。
「…部屋が狭いのです」
「部屋が狭いー?」
劉備が素っ頓狂な声を上げる。本日二回目だ。
しかし、それには理由があった。
趙雲は劉備の治める国、蜀において五虎将軍と呼ばれる存在であり、また、かつての劉備軍においても古参の将軍でもあるため、彼が望もうと望まざると優遇される立場であった。
実際に、今の時点でも、彼の部屋は充分すぎるほど広い。
「狭いの、か?」
僅かに思考をめぐらした後、もう一度、劉備は問う。
「ええ、……ただ、狭い、というよりは…」
そこで、彼は机に伏せっている、張飛と馬超をちらりと眺めた。
いびきをかいて眠っている張飛と、先程目を覚ましたが、再び伏せっている馬超。
馬超は起きているかもしれないが、辛うじて、といったところだろう。
「毎日のように客人が来られ、遅くまで居られたりするので」
「…子竜殿の場所が確保できないのですか?」
そう被せて問うたのは、不機嫌風を吹かせた劉備軍軍師、諸葛亮であった。
肘は長机につきっぱなしであったが、機嫌は何故か先程より良いらしい。
会議のために開いていた城内の見取り図をいつの間にやら手元に寄せ、眺めつつ訊ねる。
「ならば立ち入り禁止にしてしまえばいいじゃないですか」
「そういうわけにもいかないだろう」
趙雲の言葉に頷く劉備以下数名。きっと、彼らも趙雲の部屋に出入りするのだろう。
そんな様子を眺めながら、諸葛亮は見取り図上の、ある一点を眺めながら筆の柄でこんこんと叩く。
「そう仰ると思っておりました」
「だろうな」
「…と、いう訳でして、こんな案はどうでしょう」
見取り図を持ち上げると裏返し、趙雲の目に入るように示す。
「これは」
図の中、新しい墨がつけられていた箇所を眺める趙雲。
「隣の物置を自由に使って下さい、壁を抜いても問題ないと思います」
「中のものは」
「子竜殿の好きに使ってください」
つまり、それは、片付けるのも壁を抜くのも、趙雲自身でどうにかしろと言外に含めているのだった。
趙雲は数回瞬きをし、嫌な軍師殿だ、と呟く。
「ええ、嫌な軍師ですよ、面倒な事は嫌いです」
肘をついたまま、ふっと微笑む諸葛亮。
そのまま、彼は立ち上がると、会議の終わりを告げた。
「ところで、出入り禁止は駄目なのか?」
関平が友人に問う。彼は「真意」を掴みきれなかったのだろう。
顔に不思議という文字を浮かべ、友人の顔を覗き込む。
しかし返事はない。
しばらく友人を見つめていた関平だったが、程なく友人の頬を掴んだ。思いきり。
「何をするんだ関平、いたいだろう…!」
どこか間の抜けた声で返事を返す彼の友人。仕方なく関平は同じ質問を繰り返す。
今度は質問をきちりと受け止めた友人は
「あー…あれはおそらくあれだよ」
と一人納得する。
「何だよそれ、解らないぞ!」
そう、頬を膨らました関平の鼻先に、彼は指を突きつけると
「関平殿、一番子竜殿の部屋で会うのは誰だ?」
そう訊ねた。その言葉に、うーんと考え込む関平。だがすぐに
「孔明殿」
と答えを導き出し、あっと声を上げる。
「そういうことだなぁ」
ようやく気付いた友人を眺め、にやりと彼の友人…馬岱は笑った。
- 作品名
- 蜀員会議にて(蜀軍オールキャラ続き物1/3)
- 登録日時
- 2009/04/19(日) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他