ちょこん、と彼の隣に腰を下ろした青年は、隣の青年を見つめた。
じっと見つめ、暫くの間。
やがて、彼が自分を見返したのに気付くと、にっこり笑った。
「話していいかな、岱」
「ああ、……まただったか?」
そう言うと、青年、馬岱はいくつか瞬きをする。
「うん、ずいぶんと慣れてきたけどね」
「俺が?」
「ううん、俺が」
にっこりと笑ったまま馬岱の質問にそう応えた青年は関平という。二人とも五虎将の身内である。
関平は続けた。
「岱に訊きたい事があったんだよ俺」
「なんだ?…時々平は答えられない事を訊いたりするからな」
「う、ごめん…ひょっとしたらまた、解んないかもしれないなあ」
そう言うと空を仰ぐ関平。
そんな彼の横、大きく伸びをする馬岱。
彼を横目で眺め、関平は口を開いた。
「なあ、ちょうこうって何だ?」
「…ちょうこう?魏軍の将軍じゃないのか?」
「いや、…どうやら違うみたいなんだ」
首を傾げる二人。
「ちょうというと…子竜殿か翼徳殿の関係だろ…」
「そうですよ!気になっていたんです!」
突然、何かがそう叫びながら二人の間に割って入る。
「伯約」
二人の声が綺麗に重なる。
「あ、すみません…気になったのです」
伯約、と呼ばれた、割って入った何か、いや、青年は二人にそう謝ると馬岱の隣に腰を下ろし、相当に気にしていたのだろう、
「憲和殿がちょうこうとおっしゃっていたのですが私には意味が解りませんでした。ちょうどそこに子竜殿が来られたので訊いたら叩かれてしまいまして、じゃあ誰に訊ねようかと考えていたところ、平殿岱殿が…」
勢いよくまくしたてた。
口を開く間すらない二人だったが、このままでは「知ってますよね教えてくださいえっ知らないんですか」に行き着いてもおかしくはない、そのような剣幕でまくしたてており、慌てた二人は彼に手を伸ばす。
…彼の口を塞いだのは関平だった。
暫く彼に取り押さえられたままもごもごと唸る姜維だったが、
「ん、ちょっと待て?…伯約殿?」
馬岱が訊ねたことにより自由の身になる。
「どうしましたか」
「さっき、伯約殿は子竜殿にはたかれたって言ったよな?」
「ええ、ですから…」
再び口を開いた姜維を再び取り押さえ
「岱、どうかしたのか?」
関平は考えこむように俯いてしまった馬岱を覗き込んだ。
「…ちょうこう、趙、将軍…」
そのまま、木片を手に取ると地面に字を記す。趙、と。
「ん?」
首を傾げる関平と姜維。そんな二人を見上げ、馬岱は頷いた。
「阿斗様が子竜殿に求婚したと、嬉しそうにおっしゃってただろ?」
「そういえば」
「そうですね…あっ」
姜維は何かに閃いた様子で、手を馬岱の方へ伸ばし、彼もまた、手にしていた木片を姜維の掌に乗せる。
「ひょっとして…憲和殿ならきっと…」
姜維は馬岱の書いた趙の横に后、と書き加えた。
趙后。ちょうこう。
「そういうことかあ…」
納得したように呟いていた関平の背中に、影が差す。
影に気付いた馬岱と姜維が影の正体を認識するより早く。
「そういうことだ」
低い声が響く。その声は、
「し、子竜殿…!」
のものであった。
「ごっごめんなさい…!」
慌てて頭を下げる姜維たちだったが、趙雲に反応はない。
暫くの気まずい沈黙の後、…彼は小さな小さなため息を吐くと遠くへと歩いて行き…
「あ、従兄上」
突然出てきた馬超と二言三言かわすと真っ直ぐに馬超に拳を食らわす。
「吹っ飛んでるね…孟起殿」
そのまま、奥へと入っていった。
暫く、それを眺めていた三人だったが、ほどなく馬岱が呟いた言葉に、肯かざるを得なかった。
「厄介な面々ばかりだよな、従兄上も含め」
「なんだ、そんなに趙后と言われるのが嫌か」
後ろからかかる声に、力一杯殴り飛ばしてきた筈だ、そう少しばかりの焦りを感じながらも趙雲は振り返った。
「少なくとも喜べるはずはないだろう」
「そうだろうか?」
趙雲の横に並び、馬超は腕を組む。そんな彼を睨み付けながら趙雲は溜息をつく。
「主君に仕え、」
趙雲の、細めていた瞳が僅かに開く。
「主君は信頼でもって応える、俺に言わせれば最高の関係だと思うぞ?」
そして瞬きをひとつ。…馬超は少し寂しげに嗤う。
「孟起殿」
振り向き、趙雲が彼に何事かを発しようとしたその時だった。
「まっ、しばらくは楽しませてもらうけどな、趙后殿!」
にやりと笑う馬超。
その顔を睨み付ける趙雲だったが、やがてゆっくりと口を開く。
「好きにするといい、もーきょん」
「なっ…!」
言葉を失う馬超、その横をすたすたと趙雲は去っていくのであった。
- 作品名
- Empress&Emperor(ゆびのわこばなし派生若者三人組)
- 登録日時
- 2009/06/10(水) 00:00
- 分類
- 文::小ネタ・ジャンル混ぜ