「よお、竜ちゃん」
窓枠に肘をついた簡雍は軽く手を挙げ、趙雲に声をかけた。だが、趙雲は彼に気付かぬのごとく、黙々と筆を進める。
「竜ちゃんよー」
筆を止める趙雲。
「おっ」
だが、視線を簡雍の方に向けることはなく、そのまま、木簡を指でなぞり、黙読で確かめ始めた。
「…りーたんは俺を無視する気かい?」
ぴたり。趙雲の目の動きが完全に止まる。
しばしの停止の後、趙雲はぎりぎりと音を立てそうなほどに重苦しい表情をしたまま、簡雍の方を振り返る。
「りーたんだけは止めてくれ」
「じゃ、俺の話を聞いてくれ」
ふう、とため息をつく趙雲。軽く息を吸い込んでから、口を開く。
「用件にもよるが」
「なあに、簡単なことだよ、玄さんの連れてきた軍師とやらを見せ」
「断る」
再び、趙雲は木簡に目を戻し
「そもそも、私になぜ尋ねる」
一段と低い声で尋ねる。
「主騎になったんだろう?」
その答えとなる簡雍の言葉に、趙雲の瞳だけがきゅ、と動き、彼を見つめた。
「…憲和殿の耳聡さには尊敬すら覚える」
昨日の今日で、主騎役まで聞きつけるとは。
趙雲はそう、内心呟くと、筆を手に取る。
「兎に角だ」
「ん?」
「軍師中郎将御披露目会の話は聞いているだろう、それまでは控える方がいいだろう」
「おい、それは本当かよ、…御披露目会なんて初耳だな」
「嘘を言え」
冷たく呟く趙雲に対し、ぷらぷらと手を振りながら簡雍は笑う。
「ま、どっちでもいいだろ、酒が飲めるならよ……しゃあねえなあ、酒に免じて大人しく……」
呟きながら、簡雍は窓枠より身を引こうとした。
だが。
がらがらという音と共に、一人の青年が趙雲の部屋に顔を覗かせた。
青年は、趙雲のそばに立つと口を開く。
「子竜殿、ちょっと…」
彼を見つめた途端、あ、と小さな声を上げ固まる趙雲。
だが、声を上げたのは趙雲だけではなかった。
身を引きかけていた、簡雍も同じ声を上げていたのだった。
なぜなら、今部屋に現れた青年こそが、先ほどから話題に上っている「玄さんの連れてきた軍師」だったからであった。
一方、青年こと軍師、諸葛亮は、訳が分からず、きょろきょろと見渡していたが、窓の外の簡雍と目が合った。
「あ」
「な、なんですか」
趙雲の眉間に皺が寄る。
「あんたが軍師か」
「はい、一応です、……子竜殿、この方は」
趙雲はひとつ唸り、声を絞り出すように憲和殿だ、と呟いた。
「はじめまして、と、確か御披露目までは」
諸葛亮が趙雲の方を見、その視線に返すように趙雲は諸葛亮の方を向くと
「憲和殿はお構いなしの人だ」
とだけ言葉を投げた。
「はあ…」
要領を得ない様子で簡雍を見つめる諸葛亮だったが、そっと簡雍の前に近付くと
「新参者ですがよろしくお願いします」
手を差し出した。
「ああ」
その手を取る簡雍。彼は暫く諸葛亮をなめ回すように眺めると、ふっと笑む。
「よろしくな、ぐんしぃ」
固まる諸葛亮。その後ろでがつん、と何かが机に当たる音がした。
暫く経ち、固まっていた諸葛亮が振り返ると、目に入ったのは机に突っ伏した趙雲の姿であった。
- 作品名
- コールズネーム(創作三国/諸趙簡雍)
- 登録日時
- 2009/08/14(金) 00:00
- 分類
- 文::小ネタ・ジャンル混ぜ