箸のぶつかる音が響く広場。
「子竜殿?」
食事を終えた姜維が首を傾げ、趙雲の顔を覗き込む。
…じっ、と大ぶりの椀の中を見つめる趙雲の顔を。
彼は、姜維の呼びかけには気付かぬ様子で、ただただ無心に椀の中を見つめ、瞬きを繰り返すのみであった。
「子竜殿っ」
「ん」
趙雲が顔を上げ、姜維と目があった。
「あ、ああ伯約殿」
「そのお椀がどうかなさいました?」
首を傾げ、彼に訊ねる姜維、だが、趙雲は苦笑いを浮かべると、そっと首を横に振る。
「大した事ではない」
「なら、」
姜維の言葉を遮るようにお代わり!という声が響く。
「…盗られてしまいますよ?」
「そうだな…」
そうだな、と口にしつつも箸を手に取らず、苦笑いを浮かべ続ける趙雲。そんな彼に向かい口を開く姜維。
「なにか、やは…」
だが、
「子竜殿は苦手なのですよね」
突然、彼の横に現れた諸葛亮の横槍が言葉を遮る。
「え、ええ、孔明、丞相?」
言葉を遮られ目を丸くする、姜維の横を通り過ぎた諸葛亮は、彼を睨みつける趙雲を見下ろすとにっこりと笑った。手には重たそうに盆を持ちながら。
「伯約、知りませんでした?」
「な、な、何をですか」
「苦手なのですよ、鰻。違いますか?」
えっ、と声を上げる姜維の横、趙雲は眼光を強くし、だが開き直ったのか、そうだ、と呟く。
「…意外ですね」
まじまじと見詰める姜維、その視線に耐えかねたのか、趙雲は中身の入った椀を姜維のそれに重ねた。
…彼がそれに気付くか気付かぬかのうち、蜀の重鎮の姿は消え失せてしまったのであった。
「孔明殿は卑怯だ」
趙雲は彼を睨みつけたまま、そう口を開いた。
「なにがですか」
彼に負けず飄々とした様子で羽扇を仰ぐ諸葛亮。
「そなたも残していただろう」
「…気付いておりましたか」
「当然だ、」
趙雲はひとつため息をつく。
「共食いなぞ、出来てたまるものか」
それきり、二人は何も言葉を交わさず、ただ空に横たわる白き龍を見上げるのであった。
- 作品名
- イーテンドラゴン
- 登録日時
- 2009/08/28(金) 00:00
- 分類
- 文::小ネタ・ジャンル混ぜ