-昼下がりのこと。
それは、軽やかなスッパーン!という戸の開く音から始まった。
「子龍殿っ」
机の上、紙に書かれた碁盤に指を添えつつ、趙雲は声の主の方を振り返る。
「伯約殿」
適当な位置にその石を置き、どうぞ、と声をかけ彼は視線で姜維に続きを促す。
「いえ、その…」
彼は大きく深呼吸して息を整え、碁盤の方を向いた。
机の上、彼に向かい合う形でそれを見つめ頭を抱えながら唸り続ける青年を気にしているのだろう。
一方、彼は入ってきた青年に全く見向きもしない。
「少し手合わせ願いたいと思ったのですが…」
「ああ、気にしないで欲しい、…話位は出来るからな」
なにしろ、一手打つのにこれだ、と彼は苦笑いをし、そばにある椅子を引き寄せた。
「孟起殿、」
「あー、待て、待つんだ、待ってくれ」
「三回も言わぬとも聞こえている」
席に腰を下ろし、姜維は碁盤を見つめ……思わずため息をつく。
というのも、その碁盤は一面が黒く染まっており、白の側に立ち、考えれば諦めるべきだろう、と今来たばかりの彼ですら感じてしまうほどのものであった。
「なるほど」
「そういうことだ」
趙雲は苦笑いした。きっと、本当に彼の言うとおり、一手ごとにこのようなやりとりが繰り返されているのだろう。
「で、何故私に手合わせを?」
趙雲はそばにあった椀を手に取り、茶を淹れると彼に差し出し、彼もまた礼を告げながらそれを受け取った。
「子龍殿は我が軍でも有数の槍の名手ですし」
「しかし手加減は出来ないが」
「構いません」
「…何かあったのか」
彼の言葉に軽く俯く姜維。彼は少し茶を含むと喉に通し、ゆっくりと口を開いた。
「先日に戦いがあったのですが」
「私が守備に回った戦いだったか」
突然、地面を揺らがすような唸り声が聞こえてくる。だが慣れきった物なのか、趙雲は気にも留めない。
一瞬戸惑う姜維だったが、すぐに気を取り直し、こくこくと頷く。
「え、ええ、あの時丞相が怪我をしてしまったのです」
「丞相…ああ、軍師殿か……それを気にして?」
その言葉と共に、趙雲は彼をみつめ、…彼はその視線に耐えられずなのだろうか、瞳をさっとそらす。
しばしの沈黙、それを裂いたのは机に頭を打つ音だった。
「ああ、失礼した」
軽く茶をあおり、
「しばし待ってもらえるだろうか」
趙雲は視線を碁盤に移し少し笑んだ。
姜維も目で彼の視線を辿り、程なくなるほど、と頷いた。
「あ?」
ずっと見つめられている視線にようやく気付き机に伏していた頭がゆっくりと上がる。
「子龍?何をさっきからぼそぼそと言っているんだ?」
「孟起殿」
どの、にアクセントを置き、ふっと笑みを強めた趙雲は、どうだ?と訊ねた。
「ああ、どこに置けばいいのか解らなくてな」
「じゃあ負けということで…」
「ダメだ!」
がたん!という音を立てて立ち上がる青年…馬超。
そのまま、正義は屈してなるものか!などと声を張り上げ己の正義感を朗々と説き始める。
「だからだな、ここで降伏してしまうことは……おや、伯約殿」
ようやっと、彼の視界に姜維を認めたらしい、彼は首を傾げながら用事を訊ねる。
「子龍殿に手合わせを願おうと思いまして」
その言葉を聞いた馬超の口が大きく開かれる。
「な」
「どうした、もうきど…」
不思議そうに訊ねる趙雲の、言葉が終わらぬうち。
「なんだとーっ!?」
叫び声と木や石のぶつかり合う音、そして細かいものがころころと当たる音。
それが一段落ついたとき、馬超と姜維、二人の姿はこの白と黒の石舞う部屋より綺麗に消え去っていた。
ふ、と軽くため息をつき、趙雲は石を拾い始めた。
此所を片付けたら助けに行かねばな、そう思いながら。
「で、一緒になさいますか」
「…何の話ですか」
「手合わせのことだ…弟子に余計な心配をさせるのはいかがなものと思うのだが」
「身を守ることぐらい出来ますよ…それに」
「それに?」
「少し困った顔を見るのがたまりませんから」
「……全く困ったものだ」
- 作品名
- 昼下がりのこと。(無双4槍族&諸姜)
- 登録日時
- 2008/12/23(火) 00:00
- 分類
- 文::三國無双