「月英」
静かな時を、そっと崩すのは大切な人を呼ぶ、優しい声。
だが、そんな青年に返ってきたのは、冷たい視線。
「孔明殿」
「彼」はそのまま短く諫めるが、孔明…諸葛亮は全く気にする様子もなく、再び大切な人の名を呼ぶ。
「…なんでしょうか、孔明様」
彼に気を使ったのか、よき人の方を気にしつつも口を開かなかった女性が、彼の方を伺いつつ、閉じていた口を開いた。
すぐに、彼は声の調子を上げ、しかし顔は崩さず、返事を返した。
「明日、晴れますかねえ」
晴れた空を仰ぎ、首を傾げる彼女。
「……孔明様の質問の意味が解りかねます」
こほん、と咳の音。
それは諸葛亮のものであった。
「…明日が晴れならば、どこかへ出掛けましょう、と言っているのですよ、月英」
彼の言葉に目を丸くし、一拍遅れ彼女は口を開いた、だが。
「明日は雨だぞ、孔明殿」
それより早く、もう一人の青年が彼ら夫婦の会話に割り込んだ。
「…子龍殿」
むっとした顔を隠さず「子龍殿」…趙雲に向ける諸葛亮だったが、趙雲も軽く睨み返すと木簡に目を落とした、少しだけ月英の様子を伺いながら。
「そもそも、明日は軍議だと殿が仰っていたのを忘れたわけでもないだろう」
「知りません」
「では今知っただろう」
「忘れました」
平時には穏やかな彼には珍しく、殺意を込めた瞳で諸葛亮を眺める趙雲、そんな彼の様子に、
「こ、孔明さまっ」
慌てた月英が腰を上げながら口を開いたその時だった。
彼女の、目の前の木簡が攫われた。
「え」
月英は驚きに満ちた目で木簡を攫った青年、趙雲の方を見つめた。
しかし彼はそんな彼女を気にする様子もなく、手を伸ばすと諸葛亮のそれも引ったくる。
そして趙雲は突然の、突拍子もない行動に、あっけにとられ言葉を失った諸葛夫妻の顔を交互に眺め、
「今日の仕事と、居留守ぐらいは出来るからな」
と微笑んだ。
少しの沈黙、やがて窓の外を眺めた二人が彼の言葉を察したらしく、月英はまばたきを繰り返し、諸葛亮は頷いた。
「ありがとうございます、趙将軍」
会釈をする月英の手を、そっと取る諸葛亮。
そんな二人を眺め、趙雲は
「珍しく晴れた日にじめついた愚痴は聞きたくない」
呟くと、三本の木簡を広げ、それとの睨み合いを始めた。
「では行きますか、月英」
諸葛亮が彼女を見つめ、手を引いた。
「はい」
彼女は頷いた。
- 作品名
- 明日晴れたら(諸葛夫妻/忠武候忌にお出かけ)
- 登録日時
- 2009/08/23(日) 00:00
- 分類
- 文::三國無双