ふ、と息をつき、趙雲は筆を置いた。
「伯約殿」
呼びかけは、突然と言えば突然だったが、それを差し引いても充分驚きが過ぎる程の
「ふえっ!?」
大声を上げると姜維は顔を共に上げ、凍りつくように固まった。
「し、子龍殿……!?あ、えと……すみません」
彼の声に、一瞬、面食らった様子の趙雲であったが、そこのところは「全身これ胆なり」と言われるほどの男、すぐにその表情を心の中に仕舞い込むと、柔らかい笑みを浮かべた。
「何か、ご用事でしたか」
わずかに顔を伏せ、心配そうに彼の方を見つめる姜維、そんな彼に向かうと趙雲は口を開いた。
「……書き仕事ばかりでは体が鈍るだろうと思い、手合わせを……と思ったのだが……伯約殿?」
「は、はい!」
姜維は趙雲の言葉に毛が逆立ちそうなほどに驚き、思わず筆を止める。
「どうかしたのか」
「あ、あのっ、いえっ……ただ」
「ん?」
「手合わせ、でしたよね」
彼は手を止めたままの筆に目をやると、それをそっと脇に置く。
「気乗りがしないなら無理強いはせぬが」
「……あっ、その」
首を傾げる趙雲。
「どうした?……いまいち要領を得ないな」
「あのっ…子龍殿の手合わせはお受けしたいのですが…」
「ふむ、では」
「いえっ」
趙雲の言葉を遮るように叫んだ姜維、彼は暫く頷くと再び顔を上げた。
「…聞いて……呆れないで頂けますか?」
突然の言葉に、首を傾げていた趙雲だったが、二拍ほど置き、頷いて彼の言葉を促した。
「実は…」
遡ること少し前。
独りの青年は、吹雪の向こうにうっすらと見える影のような姿に向かい、息を吐いた。
そして、ゆっくりと得物である槍を構える。
「私は、天水の姜伯約!そこにいるのは誰だ!」
影がゆらりと揺れる。どうやら彼の言葉に反応したようだった。
「…私は、」
声が彼の耳に届く。低い声であった。
ぎり、っと姜維は歯を食いしばる。声が、彼の気配が、姿を見せぬうちからじりじりと彼の頬を焼く。
間違いなく、猛将だ。彼は直感で悟った。
やがて、相手が近付いてきたのか、姿がはっきりと見えてくる。
「常山の、趙子龍。お相手願おう、姜伯約殿」
「つまり、怖かったと」
「有り体に言えば…申し訳ないですが」
姜維の言葉に、趙雲は机に突っ伏す。
「あ、あの…子龍殿…?」
「ああ、すまない」
あわてた様子の姜維に、彼は突っ伏したまま応える。
「…伯約殿」
「はい!」
「…私が、手合わせにまで戦と変わらず殺気立つとお思いだったのか」
「い、いえ、そう言うわけでは…!」
続けて、ごめんなさい、そう言い掛け、彼は趙雲の肩がわずかに震えているのに気付いた。
「…まさか、子龍殿」
彼が呼びかける、だが趙雲は返事がない。
「……笑ってますか…!?」
返事はない。それが肯定であった。
すぐに、趙雲の部屋に、叫び声が響き渡った。
- 作品名
- 伯約さんと。(趙雲&姜維/姜維の怖い人は)
- 登録日時
- 2009/12/18(金) 00:00
- 分類
- 文::三國無双