「嫌ですっ!」
沈黙を裂くように、まだ若い、声変わりを終えたばかりのようなあどけなさを残した叫び声が部屋の中に響く。
声をあげたのは、胸元を必死に押さえながら涙目で目の前の男性陣を睨みつける青年だった。
彼は周りにいる青年たちより一段と若く見える。
その分、振る舞いにおいても一段足りないのだろう、その表情は周りと比べて温度差があった。
「どうしてですか、孔明丞相!」
顔を真っ赤に膨らませ、彼はなおも叫ぶ。
「何故って姜維…決まっているでしょう?」
だが、彼の叫びにも揺らぐことなく、二人の青年のうちひとり、孔明丞相と呼ばれた青年、諸葛亮は羽扇を弄びながら平然と答えた。
「これも私の後を継ぐための試練なのです」
風切る音を立て、彼の手にしていた羽扇が青年の鼻先に突きつけられた。
ひっ、と姜維が声をあげるがお構いなしに諸葛亮は続ける。
「いいですか、姜維」
「は、はい」
するする、と突きつけられた羽扇が諸葛亮の胸元へ戻る。
ふ、と息を吐く声が聞こえるが彼はお構いなしに話を続ける。
「女に馬鹿にされ、黙っていられない武の者が多い事は伯約、あなたも承知ですね?」
「はい」
諸葛亮の隣に立っていた青年が彼の元を離れ、近くの机に腰を下ろす。
「しかし戦場には女は出せません、基本的には」
基本的は、の所を強調しながら諸葛亮は軽い苦笑いを浮かべた。
彼の脳裡にはきっと、彼自身の戦場に舞う愛妻の笑顔が浮かんでいるのだろう。
「は、はい」
机についていた青年が一瞬諸葛亮を見上げるが、何も口にすることなくすぐに机に視線を戻した。
「ましてや挑発など」
そこで諸葛亮はふう、とため息をつき、もう一度得物でぴっ、と姜維を指した。
「そこで貴方の出番です、姜維!」
「へっ?」
指された彼は首を傾げる。…沈黙が広がる。
ただ、机の上に広げられた茶器がかちゃかちゃと音を立てるのみであった。
「貴方が総大将を挑発して誘き出す事が出来たならこちらの戦いに出来ることは勿論、出来なくても士気を下げ、戦意を挫くことが出来るのです。ですから」
「だから…?」
首を再び傾げ姜維は訊ねる。
「ですから」
羽扇を構えたまま諸葛亮はにっこりとほくそ笑んだ。
いつの間にかその胸には、
「蜀軍の為に女装なさい」
大きな女性用の服が抱かれていた。
再び、沈黙が訪れる。
「…だから、なんでですか!」
それを遮ったのも、先ほどと同じ、姜維だった。
「貴方への試練です…いえ、蜀の者なら皆通る道です」
そんな彼に微笑みながら話す諸葛亮、しかし、彼の言葉に体を動かした者がいた。
それは先ほどまで茶器を手にしていた青年だった。
彼は俯いていた頭をゆっくりともたげ、ゆっくりと口を開く。
「嘘だろう」
「へ?」
彼の言葉に、素っ頓狂な声を上げる姜維と、
「…何を言うんですか」
つまらないと言わんばかりに露骨に表情を変える諸葛亮。
「……え、ということは」
諸葛亮は彼の問いかけのような声に、ぺろりと舌を出した。
「えっええええ」
机に座る青年は呆れたようにため息を吐く。
「悪ふざけがすぎるぞ、孔明殿」
「結構本気でしたよ、子龍殿?」
笑みを崩さず、彼は机の青年、趙雲に笑いかけた。
「…ならば尚更質が悪い」
趙雲は大きくため息をつき、姜維に視線を投げ、そして表情を固まらせた。
「じっ、丞相おぉっ!?」
叫び声が三度、部屋の中に響き渡った。
「す、すみません」
そばに立つ趙雲は、彼に湯気の立つ湯呑みをそっと差し出した。
「悪ふざけが過ぎたな」
「いいえ」
湯呑みを受け取りながら、軽く頭を振る姜維。
「孔明殿はいつもああだからな、……もう私は慣れたが」
「私はまだまだです…」
彼の言葉を聞きながら趙雲は湯呑みを呷った。
「まだまだ、か」
「え、なんですか」
「いや、なんでもない」
彼の言葉に不思議がる姜維に、趙雲は軽く微笑んでみせるのだった。
――魏から連れて来た、「不慣れな」弟子だから。
- 作品名
- シューティングスター オーヴァー ザクラウド(趙諸姜/姜維おちょくり)
- 登録日時
- 2010/01/18(月) 00:00
- 分類
- 文::三國無双