成都には珍しく、割れた雲より太陽が注ぎ込む、暖かな昼下がり。
青年、というには僅かに年長の男性が、差し込んだ光を眺め、ふ、と小さく息をつく。
彼の膝には年端もいかぬ少年が彼の腕に凭れ、うつらうつらと船を漕いでいる。
「寝ているのですか?」
彼の向かいにいる青年が、少年の顔を窺いながらそっと彼に尋ねる。
視線を向けられた彼はそうかもしれぬな、と頷きその頭を撫でた。
「ん…しりゅ、起きてるよ」
凭れていた腕から身体を起こし、少年はまだ半分落ちている瞼の向こうから二人の男性を焦点の合わぬ目で眺めた。
「起きてらっしゃるのか?」
しりゅ、と呼ばれたその男性は彼に問いかけるが、うーという唸り声の返事が返って来るのみ。
「声に反応しただけだろうか」
そう呟く彼、幸せそうに眠っている少年、そんな二人を眺めながら微笑む青年。
だが、すぐに、真剣な面持ちになり、自らの耳をとんとんっと叩いた。
男性も頷き、膝で眠る少年の耳を、彼が起きることがないよう、そっと両手で塞ぐ。
青年は彼が自らの指示に従ったのを確認するとそっと手招きをする。もう少し近付けという合図なのだろう。
「どうしたのだ、…孔明殿、よもや…」
男性は彼、孔明の表情から何かを察し、ぐっと声を落とし尋ねる。
だが、それは全てを言い終わる前に、彼の手によって遮られた。
「子竜殿」
目の前に出された手に、思わず彼…趙雲が言葉を止めた。
その様子に満足したのか、孔明はその手をすっと下ろした、そのまま趙雲の手に重ねる。
「阿斗様は子竜殿がお好きのようですね」
重なったままの手に視線を投げながら、彼はああ、と肯定した。
力を入れたら払うことが出来るであろう…ただ、払うことの出来ない手を見つめながら。
「いつも付いてくるほどだからな」
「子竜殿は?」
「……好きかどうかは解らぬが、主君としての器はあると見ている」
視線を両手より向かいの青年の瞳に移す。
「孔明殿はどうなのだ……まさか」
まっすぐな瞳に映るは、表情こそ読み取れぬが、彼自身。
そのまっすぐな視線に僅かながらの戸惑いを感じつつ、彼は答えを促した。
「まさか…お慕い申しておりますよ」
お慕い申しておりますよ、その声の響きに違和感を感じつつ、彼は表情を緩めた。
「すまぬな、…孔明殿の事を信じていないわけではないのだが、こう、両手を塞がれていてはな」
僅かに、眉を上げる孔明、すぐに視線を自らの両手に落とし、そっとその手を外す。
「それはすみませんでした…ああ、子竜殿」
「今度は何がある」
訝しげな視線を投げる趙雲、だが孔明は臆することなく
「…目を、塞いではいただけませんか」
穏やかな声で、そっと囁いた。
「よくわからぬが……」
訝しさの溶け残る瞳、それをすっと細めた彼は少年の上身を起こし、両手で胸に顔を埋めさせる形に抱いた。
これでいいか、そう瞳が語る。
「ええ、ありがとうございます」
先程より…満足げな笑みを浮かべた孔明は席を立ち上がり、彼の方に手をかけた。
「孔明殿、なに…」
なにをする?そう尋ねようとした言葉は、
最後まで発せられることはなかった。
柔らかな感触に邪魔をされ。
「ん?」
阿斗は目を覚ます、すぐに彼の瞳には陽の傾いた空が映る。
「…!」
午後から子竜の鍛錬を受けるはずだったのに!彼は寝台から起き上がる。
「子竜!」
すぐに彼は見つかった。
「子竜、私は」
「ああ、鍛錬であったか……すみませぬ」
首を傾げる少年。
「何がじゃ」
「……鍛錬は明日にしてもらえぬか」
一瞬、わけがわからず首を傾げた阿斗の、その頭を趙雲はそっと撫でるのだった。
- 作品名
- Be obstructed to you.*
- 登録日時
- 2009/02/18(水) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲