工廠に入った途端に耳に入った音に、諸葛亮はふふっ、と笑みを浮かべた。
「伯約、伯約殿?」
だが返事はない。
ただ、すうすう、と穏やかな息づかいが静寂をかすかに彩るのみ。
彼はふっ、と息をつくと手にした行灯を掲げ、ゆっくりと工廠の中を歩む。
彼の私室の一つのため、さほど広くはない工廠。ほどなく、彼はその最奥部にて足を止めた。
「……夜は模擬戦闘だと言いましたのに」
ため息混じりに言葉を吐く諸葛亮。
そんな彼の足許には、どこか少年のあどけなさを残す青年が、結いた髪もそのままに、作りかけの兵器を枕に寝息を上げている姿があった。
「伯約殿」
彼の字を呼ぶ。だが、やはり、返事はない。
軽く笑みを浮かべ、諸葛亮はその横にそっと腰を下ろした。
「駄目ですよ、風邪、ひいてしまいます」
返事がないだろうということはわかりつつも、彼は言葉を口にする。
「月英に怒られるのは私なのですよ、弟子の事を見てあげてーって」
そして、手を伸ばした。その先は伯約、こと姜維の額。
きっと、必死になって兵器に触れていたのだろう、額から流れる幾筋もの髪を彼はそっとかきあげた。
……ああ、でも私もそうでしたね。
そのまま、若者特有の柔らかい頬にそっと触れると、姜維の師匠は何故か兵器にかかっていた毛布を手にした。
「お邪魔します」
毛布が舞い上がり、二人の男を優しく覆った。
もちろん、翌日目を覚ました弟子が大騒ぎしたのは言うまでもない。
- 作品名
- 諸姜メモ-20110423
- 登録日時
- 2011/04/23(土) 06:14
- 分類
- 文::創作三国志-その他