紅い太陽の光が差し込む頃、ハイム家の歯車は回り出す。
遠くに聞こえた汽笛の音に、ソシエはゆっくりと上体を起こす。
「お母様のお世話、しなくちゃ」
独り呟くも、答えはない。
「慣れないわねえ」
むくれてみても、しんと静まり返った自室から、返事があるはずはなく。
仕方なく溜息をひとつ吐き、姉の居ない少しばかり乱れた室内より、短めのワンピースを掘り出し、埃を払った。
「飛行服の方が、楽なんだけどね」
花信風のころ
「そんなこといってもさぁ、ソシエ?」
電話の向こうで相手は呆れ顔を浮かべているのだろう。きっとそうに違いない。
長い付き合いの彼女はそれにほぼ確信を持っていた。
くすくすと笑うと、ごめん、と伝える。
「ごめんごめん、メシェー!ダメダメのダメダメモトよ!」
途端、ふっと受話器の向こうに風が走る。
追いかけて、ま、いいけど?とそれに応える声。
「鋤と鍬を持ったカプルなんて乗りたいわけ?」
「えっ、なによそれ」
くっくっと受話器の向こうの声は笑う。
「言ったじゃない」
「聞いてないわよー!」
言った、とメシェーが答え、二人はしばし昔の関係を取り戻す。
だが。
鈴の音が、二人の会話を遮った。
「あっ」
それに先に気付いたのは、ソシエだった。
「鈴?」
後れて、メシェーが受話器の向こうのそれに気付く。
「うん、お客様みたい」
「そっか、じゃ」
「ええ、また連絡するわ」
かちゃん、と音を立てて、受話器が置かれた。
「……誰?」
ドアに手をかけながら、彼女は誰何する。
「すみませんお嬢様」
鈍く軋む金属の音の向こう、立っていたのはビシニティの見知った顔だった。
「あら、どうしたの?」
「港からの郵便だそうです、預かってきました」
一通の封筒が、彼の手からふわりと彼女の手に着地する。
少し厚みを持ったその封筒は、どうやら手紙の他に何かが封じてあるようだった。
「郵便?」
少し手を離し、封筒を眺めるソシエ。
「ええ、では」
軽く一礼をし、立ち去った彼に、思わず敬礼を返し、ひとり苦笑いを浮かべるソシエ。
「癖って抜けないものね」
そのまま、そっと封筒に指を這わせる。
……送り主は解らないが、どうやら気遣いの出来る人物のようだ。
まるで、彼女の封筒のあけ方を知っているが如く、真っ白な封筒にしっかり付いているはずのその封は、しかしあっさりと剥がれた。
封を開け、少し、首を傾げるソシエ。
というのも、彼女の予想しうる物はそこにはなく、「それ」がなんであるか、という判断をしかねたためだった。
「手紙、ないの……?」
不思議そうに、中の物を、そっと手の平に載せる。
そして、正体を掴みかねた「それ」をまじまじと眺めた。
太陽に照らされた、それ。
ほどなく、ひとつの答えにたどり着く。
――風は、動き始めた。
「そんな、まさか、でも、そんなこと」
ふらっと、彼女は駆けだした。だが、身体が付いていかず、地面に強かに打ち付けた。
「あたし、」
言葉を接ごうとした口は、ぱくぱくと声を失い、頬を伝う水を受け止める。
その口は、ただ、否定も、肯定も恐れていた。
ほろほろと、涙を流すその手に握られたのは、金糸の束だった。
それを抱え、彼女は、吠えた。
吹き出した風は、遠くへ、遠くへ。
地球を巡った風は、全てを、貴女の元へも。
船上、銀糸を風に遊ばせながら、青年は空を見上げた。
ぽんぽんと軽快な音を立てながら、船は海を進んでいく。
- 作品名
- 花信風のころ(∀G・ソシエ→ロラン)
- 登録日時
- 2012/02/18(土) 03:42
- 分類
- 文::その他