荒れ狂う嵐の中、似つかわしくない明るい桃色の傘がくるくると回る。
それは回りながら、雨を散らし、水溜まりを跳ね上げ止まった。
雨戸のない、コの字の形をした古い物置の前で。
窓のないその建物は、雨空の下では墨を注いだがごとく暗闇に覆われ、中を窺うことはできない。
だが、……人の気配がする。
「……だれか、」
いるの?と声を出しかけ、その傘の持ち主は、ふっと口をつぐんだ。
こんな雨の――嵐の日に、誰も使わないような物置にいるヤツなんてろくでもないヤツに違いない。
ならば、捕まえなくては。
ひとりうなずき、わずかに突き出た物置の庇に、少女はそっと身を寄せた。
畳んだ傘でも、武器にはなる。
ごくり、と唾を飲む音。
僅かに感じる気配だけを頼りに、彼女は傘を構え、そして距離を詰める。
一歩、二歩……気配が、こちらを向いた。
「覚悟ぉっ!」
突き出した傘に、
「わっわわっ」
手応えはなかった。いや、瞬間、彼女は手にした傘を僅かに引いたのだった。
「なにやってんのよ、ロラン」
……そう、傘を突き出す瞬間に、気配の正体に気付いたためである。
「すみません、ソシエお嬢様」
手を肩の位置に掲げ、後ずさるロラン。
「炭鉱のリーダーに頼まれてご主人様にお届け物を」
「それで、雨宿り?」
ソシエは傘をゆっくりと引いた。
「なんでまたこんなところで?怪しまれても仕方ないわよ」
そしてため息をつく。
「……すみません、ですがお嬢様」
ロランが口を開こうとしたその瞬間だった。
白い光が、二人の顔をはっきりと照らし出す。
あ、と呟く間もなく、轟音が地面を揺らす。
そのあまりの強さに、思わず瞳をきつく結び、耳をふさぐソシエ。
その僅かな時間の後、ゆっくりと瞳と耳の感覚を開いた彼女の瞳に映ったのは、視界の半分を覆うほどの銀糸だった。
よほど、今の轟音に怯えているのだろう、それは僅かに震えている。
彼女はそっとその銀の束に触れようと、手を動かし、自身の腕に自由がない事に気付く。
……彼女は抱きしめられていた。
少しだけ年上の少年に、全力で抱きしめられ、胸元に額をつけられ、……彼女は動けなかった。
「ちょ…っと」
汗と石炭の匂い。……男の子、のにおい。
「ロラン」
ぴくり、と頭が動く。
ゆっくりと、頭が上がり、エメラルドグリーンの瞳にむくれた顔の少女が映る。
「……おっ」
お嬢様!と叫び、彼は少女を拘束していた腕を解く。
「申し訳ありません!ソシエお嬢様っ」
とっさに跳ね、少しだけ彼は距離を置いた。
彼女の握った手が震える。
きっと、
「……怖いの?雷?ふふーん」
なんて言った声も、まわりの空気と一緒に、震えていたに違いない。
だから
「お嬢様こそ」
と呟いた声も、自分に一生懸命な彼女の耳には入らなかったようだった。
ふ、と溜息をつき、彼は空を見上げる。
いつまでも止みそうにない雨。
程なく、彼女もそれに気付いたように、空を見上げ、そして自分の傘に目を落とす。
そのまま、交互に視線を向け、最後にロランの顔を見つめた。
「傘、さしなさい」
「えっ、僕がですか」
頷く少女。そのまま、傘を投げて渡す。
「当たり前でしょ?ほら!使用人でしょう!?」
トントンと肩を叩き、彼女はせかす。
再び、溜息をつくと、ロランは傘に手をかけた。
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はんとしぐらいほったらかし でした。
- 作品名
- 幼子のダストブロー(∀・ロラン&ソシエ)
- 登録日時
- 2012/08/27(月) 00:58
- 分類
- 文::その他