水のなくなった湖に、てらてらと濡れた瓦礫がきらめく。
そして赤い赤い夕陽。
瞳にその赤をうつし、アレクは、溜息をついた。
空を飲み込む口のように広げられた黒い口は、にやりと不快さをもたらす笑みを浮かべているようだった。
「あれは、ロマリアのクウチュウジョウだ」
エルクの一言が胸に重くのし掛かる。
確かに、三年前に「あれ」を見た。自らを助けてくれたハンターと共に記憶にある。
「アレク」
……今、腰掛けている城壁も、瓦礫に見える煉瓦の山も、全て、全て。
「おーい、アレクちゃん?」
剣をぎゅっと握りしめる。
「おー……い」
突然、彼の視界が黒く切り取られた。ぼさぼさの髪をまとめたその縁は、それが彼の親友であることを告げていた。
「ルッツ……」
「なんだあ、聞いてなかったのかよう」
そう、頬を膨らせぶうたれた親友は、彼が漸く自らに気付いたのを確認すると、隣にそっと腰を下ろした。
「まあ、しかたねえよなあ……」
安定した格好を探しながら、彼もまた、空を仰ぐ。
「本当に、サシャ村を出てから色々あったもんなあ」
黒い塊を、確実に見据えながら。
そのまま、沈黙する。口を開いたのはルッツだった。
「アレクさあ、どうなの?」
「どういうこと?」
「んーっと」
顎に手を当てるルッツ。言葉を考えているようだった。
「……大変なことになったなあ、って思うよ」
溜息がちに答えるアレクに、ルッツはぱたぱたと手を振った。
「そうじゃなくてだなー、……辛くねえ?」
「辛い?」
空から瞳を逸らし、アレクは親友を睨み付けた。
「あ、……そう、だってここがアレクの故郷って」
訳じゃん?続けようとした彼の襟は、親友に掴み上げられ、遮られた。
「ルッツは僕が辛くないと思ってっ……あっ」
慌てて手を離すアレク。ルッツの、年齢の割に丸い瞳がきょろっと動いた。
「えっ」
「何でもない、……急に乱暴なことしてごめん」
手を開いたり、握ったり……繰り返しながら、彼は俯いた。
「ルッツには」
ゴーグルがコツン、と膝に触れる。
「……関係ない?」
低い声。いつもの「お調子者」はいなかった。
だが、アレクは気付いていなかった、……一つだけ、首を縦に振る。
「なんだよそれ」
今度は、アレクの番。
彼があっ、と思った瞬間には、乾いた、破裂した音が響いた。
頬を伝う追いかけてくる熱に、思わず頬を押さえた。
「言えよ!言ってくれよ!」
呆然と見下ろす彼に、ルッツは手を離す。ふらつくアレク。
そのまま、彼は大きくその手を広げた。
「こんな景色見て、つらい、だとか、いたい、だとかあるだろ!?」
けほっ、と小さな咳が漏れる。
「昔っからそうだー、アレクは我慢しすぎなんだよー!」
胸を押さえたまま、それでもアレクは親友を見上げる。
……見上げた、積りだった。その親友が、しゃがみ込んできたのだった。
彼は、アレクを抱きかかえながら、呟くが、
「俺、そんなに頼りになんねえか?」
それ以上、感情のあまり言葉が続かなかったらしい。
しばらく、風の音に交じる、機械音と少年の嗚咽の声を残し時が止まった。
「ルッツ」
静寂を破ったのはアレクだった。
「んあ?」
ぐすっ、としゃくり上げる音。
「ありがとう、ルッツ、今は」
ひゅう、っと一筋の風が吹く。
「……ルッツが心配してくれて、嬉しい」
ぴくり、と彼を抱きしめる親友の肩が動く。アレクは彼の肩に手を伸ばした。
そのまま背中をぽんぽん、と叩く。
「だから、泣くなよ」
「うるさいな」
親友の身体がゆらゆらと揺れる。自らの涙を拭っているのか。
彼らが言葉を交わしている間、空が赤から碧へと移り変わろうとしていた。
「ルッツ」
色の移り変わりを眺めながら、アレクは親友の名を呼んだ。
「どうしたんだー?」
アレクの身体から、そっと腕を放した。
「……ありがとう」
「ま、お互い様って事よ」
にっと笑って親指を立てるルッツ。
それはもはや、いつもの親友、だった。
「さぁて、シェリルにドヤされるし、帰ろうぜ?」
彼の言葉に、アレクも頷く。
「そうだね」
器用に城壁を下る少年の背中を眺めながら、アレクはそっと口を開いた。
「ありがとう、ルッツ」
- 作品名
- Thank you for the best friend(アーク3/アレク&ルッツ)
- 登録日時
- 2013/03/14(木) 04:45
- 分類
- 文::その他