「可愛い私のテリー」
その手が、夜風に冷やされたその指が、私の、胸の突起に触れる。電流とともに背筋を氷が撫でるような感触。
……嫌だ。視界が黒く滲む。逆光で見えぬその顔の後ろ、三日月が意地の悪い笑みを浮かべている。
「ああ、初めてなんだね」
太股に冷やりとした感触。やめろ。抵抗を試みるが、ああ、まるで腕が石のようだ。まったく動かない。
「……まあ、キミは私が育てたから、知ってるんだけど、ねっ」
ねっ、じゃない、ふざけるな。
「ふあっ」
静かな宿屋の一室。
小さな叫びをあげ、アーネストは飛び上がる。
また、いつもの夢だ。心の中ひとりごち、額に手を当てると、ううっ、と唸る。
「……気分が悪いな」
彼は窓を見上げた。僅かに端を残すだけになった月が、彼の枕元をそっと照らし続けている。夜明けまでは、もう少しかかるのか。再び彼は額に触れる。しっとりとした汗の感触。
「すごい汗だな」
彼は視線を室内に移す。旅の相棒の眠る室内に。……変わったところのある彼の事だ、起きていれば、きっと頬に口付けぐらいはされていただろう。良かった。すっかり乾ききってしまった口の中で言葉を転がして彼は上着を羽織った。
「女将さん、起きていればいいんだけどな」
立ちあがり、アーネストはふ、と「それ」に気付いた。
……空気がおかしい。
おそらくは、相棒が。
「テレンス?」
身構えながら彼は声をかける。返事がない。……おかしい。
いつもであれば、「なんだいマイハニー」ぐらいあってもおかしくないものを。
だからこそ身構えたものを。
羽織っただけであった上着を確りと留め、そっと歩み寄った。
夢だ。これは夢だ。覚めろ。覚めてくれ。
身体の中央深く傷つけられているにも関わらず、胸だけがチクチクと痛むことが、夢の証明。
わかっている。やめろ。
「!」
目の前の青年、テレンスの瞼がピクピクと動き、冷えてもいないのに関わらず金糸の睫毛がふるふると震えている。
「お、おいテレンス!」
ぴくり。睫毛の震えが止まり、彼が薄目を開けた。
「……」
夜にキラキラと光る瞳が、やがてアーネストを見据えた。
「……マイ……ハニー」
「黙れ」
「しかし」
ぎゅっ、と瞳を閉じるアーネスト。
「テレンスが魘されてたから、気になったんだよ」
「あら嬉しい」
「頬を染めるな」
暫しの沈黙。再び瞳を開いたアーネストが、ごめん、と呟く。
「テレンスも、嫌なことあるよな、俺ばっかり」
いいんですよ、とテレンスは笑む。
「過去は過去、ですから」
「けどっ」
「なにより」
その笑みはもはや微笑みというより満面の笑みに変わっていたが、アーネストは気付くこともなく。
「このハニーハンドでいくらでも快眠ですから」
アーネストが、彼の頬に添えていた手に、そっと触れる。
うっ、と唇を噛み締め、夜闇でも解るほどに赤面するアーネスト。
「ううっ、……好きにしろ!」
「まあ、別の意味で悪夢ですけどね。生殺しというか」
「それは静かでいいな」
- 作品名
- hands(ホモになれなくて)
- 登録日時
- 2016/01/29(金) 00:21
- 分類
- 文::フリゲ