「マイハニー、お願いがあるんだ」
握りしめたリボンを手に、テレンスは目の前の少年に背を向けた。
「?なにを?」
少年は、いや、年齢的には青年といってもいいだろう、なにはともあれ彼は、テレンスの手からリボンを受け取り、訊ねる。
「結って欲しいんだ」
「ああ」
頷き、彼はテレンスの後ろに陣取る。
「髪、さっきのかまいたちにやられちまったもんな」
「そうなんだよ、ハニー」
彼、アーネストはそっと目の前の青年の髪に触れる。
太陽の日射し、あるいは金の穂を思わせるような、さらりとした髪の筋が、指の間を流れる。
「それだけどな」
どうしたんだい?首を傾げるテレンス。
「本当に、オレはその、はにぃ、って呼ばれていたのか?」
あたりまえさ、とテレンスは微笑んだ。
「君が記憶を喪う前は、ハニー、ダーリンって呼びあってたんだよ」
テレンスの背後ですかさず嘘だよな!という声が挙がる。だが、彼には確かめる術もなく、一拍置いて、自らが信じきれないのか、嘘だよな、と言葉が漏れる。
さすがに、やり過ぎたかな、とテレンスは内心呟く。
自らの呪いであった魔剣を、無理矢理因縁から剥がそうとし、心を壊してしまったアーネスト。
そのアーネストが、日記を手掛かりに、自分のもとを訪れたとき、本当に、驚いたものだった。
なにをどうやっても記憶が綺麗さっぱり壊された――かつ、聖騎士返上の結果、かつてほどの力をもたない自分では彼を救うことは出来なかったが、旅の仲間として、再び彼によりそう日々を過ごしていた――できれば、何らかの拍子に、記憶が戻らないかと、期待をしながら。早くももう一年になるだろうか、
――うっかり考え込み、謝るのも、「それ」にも少し遅れてしまったテレンス。
そう、「それ」とは彼の耳に入ってきた、背後のしゃくりあげる声。
「アーネスト?」
「……っく」
しゃくりあげる声が、言葉を遮る。
「どうしたんだい」
彼は振り返り、アーネストに向き直る。しばらくの沈黙の後、次に彼が耳にしたのは、ゆっくりと口を開いたアーネストから紡ぎ出された意外な答えであった。
「わからないんだ」
「わからない」
「そうなんだ」
頷くアーネスト。
「テレンス、お前の髪をさわっていたら、急に涙が出て……」
止まらないと?テレンスの問い掛けに彼は首肯く。
――体は素直だからね?
うるせえスライムでも抱いとけ――
「ねえ、アーネスト」
「な、なんだよ」
「私も泣きそうなんだ」
は?一瞬表情の固まるアーネスト、しかしすぐに口を開く。
「なにを」
「記憶を喪っても、『私を覚えてくれてる』ってこと」
……さすがに、「からだが覚えてくれてる」とはとても言えなかったが。
「聞いてアーネスト」
ああ、もう一度首肯くアーネスト。
「私は、生きる意味をくれた貴方を、愛しているんだ」
「……おう」
「だから、命をかけて誓うよ」
返事がない。だが続ける。
「なにを置いても貴方にとっての生きる意味になることを」
そのまま、そっと戸惑い気味の彼の唇に、自らのそれで触れる。
「敵討ちじゃない、生きる意味を」
--------------------------------------------------------------------
セカホモトゥルー後のお話。アーネスト20、テレンス30(31)ぐらいかな、と。
- 作品名
- カケラの先(ホモなれ)
- 登録日時
- 2017/11/10(金) 01:42
- 分類
- 文::フリゲ