薄闇のなか、ふわりと広がる珈琲の香りが、彼の鼻を擽る。
山の中腹、明かりの落ちた宿屋の窓から薄藍色の絹を拡げたような街並に飛ぶ蛍は、朝を呼ぶ商人達の松明だろうか。
テレンスはふ、と頬杖をついた。
――嘘はついていない。たぶん。だが、足りない。
ぼうっと眺めている彼の耳に、少年の唸り声が入ってくる。
ああ、まただ。
彼は少年、アーネストの寝台に寄り、そっと髪を撫でた。
「全てを忘れるほどに、私に溺れればいい、なんて」
冗談でしか言えない。言葉を飲み込む。
幸か不幸か、吐いた言葉は夢に囚われたままのアーネストには届かなかったようだ。彼は毛布を抱え、再び寝息を立てる。
ああ、この時間は嫌いだ。改めてため息をつく。
アーネストのいない、夜と朝の狭間は、本当の私が顔を覗かせる。
「愛しい寝顔に、溺れてしまいたいのは、私だ」
窓際に踵を返すと、苦く酸い、不味くなった珈琲を呷る。
遠く遠く、蛍の集まる喧騒を横目に。
今日も、夜が明ける。
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らくがきです。
青から白に代わる瞬間、プラスとマイナスの重力の狭間で。
- 作品名
- 午前五時の無重力(ホモなれ)
- 登録日時
- 2018/02/27(火) 01:25
- 分類
- 文::フリゲ