「そういえば」
孔明の部屋の中、大量の木簡を仕分けながら、姜維は隣の男性、趙雲を覗き見た。
「どうした」
「いえ、孔明殿のことですが」
木製の机に木簡が並べられ、独特の乾いた音が響く。
「子竜殿はずっと孔明殿の主騎だったのですよね」
「ああ」
趙雲も彼の行動に従い、机の上、乾いた音が山彦のように鳴る。
「正確には殿と孔明殿の主騎、だがな…どうかしたのか」
手を止め、彼は、彼自身には解りかねる事ばかり書き連ねられた木簡を置くと姜維に視線を返した。
「あ…いえ、些細なことですが」
「気になることなのだろう」
「…はい」
しばし視線を部屋に移し、彼は口を開いた。
「私は何故此所にいるのだろうと」
趙雲がふむ、と頷く。
「目的が読めないと言うことか」
「…ですね、いえ、私には足りないところばかり、といった方が」
ふむ、と手に取った木簡を抱き、思考をめぐらせる趙雲。
「足りないところばかり、か…だが孔明殿が目をつけたのはそこではないと思うがな」
「…へ?」
しばしそれを睨んだ後、木簡を机の上に置く。
答えを待つ青年の、その眉間を軽くつつき、趙雲は僅かに微笑んだ。
「真っ直ぐで強気な目、それを持っていた、私はそう思うが」
そこで言葉を切り、趙雲は窓の外を眺める。
「……それは……?」
言葉の続きを待つ彼と、空を往く鳥を眺めている趙雲とが作り出すしばしの静けさの後、そっと、姜維は口を開き、疑問を趙雲に投げかける。
彼は、先程より幾分か優しい声色で、今度は直ぐに答えた。
「いや、かつての若い軍師殿もそんな目をしていたのを思い出して、な」
――貴方まで私を若いと莫迦にする御積りか!
「もっとも、そなたは私を殴らない分、幾分かは大人であるようだな」
漸く、彼は若い軍師殿、が誰であるか理解し、思わずふっと微笑む。
「そんな過去が」
「…口にするつもりはなかったのだがな、知られたらまた殴られてしまう」
そこで急に慌てた口調で内緒にしてくれ、そう彼に告げる趙雲を見て笑ううちに、彼はどこか胸のつかえが取れるのを感じるのであった。
20090310-自分の限界を知ること。
3人で9題のお題/From:シージェイズさん
- 作品名
- 09 触る手優しくあるための儀式(創作趙雲&姜維)
- 登録日時
- 2009/03/10(火) 00:00
- 分類
- 文::ジャンルごちゃまぜ9題のお題