良く晴れた日のことであった。
ちょっとした事件が、起こった。
「動かないでくれ」
渋い顔をした趙雲の腕の中、少女はもがく。
だが、彼は後に胆と称される男、口を引き結び、軽々と……少女の腕を片腕で押さえつけ腰に手を回す。
「……っ!」
少女が声にならない声を上げ、顔を伏せ、趙雲は眉を顰める。
それもそのはず、少女が父と自らのためのお昼ご飯を作っていたところに諸葛亮、そして趙雲がずかずかと踏み入ってきたのだった。
もともと、人見知りが激しく、それゆえにいまだ嫁ぎ先のない程である彼女は当然驚き、隠れようとした。
だが、諸葛亮…彼女にとってはひょろひょろの男が後ろに控える逞しい男に指図をする。
二人は何かを言い合っていたが、やがて逞しい男は彼の言い分に折れたらしく彼女の進路を塞ぐ。
「孔明殿、逃げるが」
大きく目を開き、がたがたと怯えながら、少女はその男の横へと足を踏み出す。
「人見知りなのです、捕まえてください」
「だがやはり女を…」
ぱしり。彼は手にしていた羽扇で逞しい男の胸元を叩く。
「彼女も知っている筈です、いいから言うことを聞きなさい」
その言葉に、首を傾げた瞬間、彼女の体は逞しい男にがっちりと捕らえられ、彼女は必死で無駄な抵抗をする羽目になったのだった。
「乱暴を致しまして申し訳ありません」
まだももがく彼女の前、ひょろひょろの青年がゆったりと腰を下ろした。
「どうしても、貴女とお話をしたくて……」
そう言うと、涙目の少女の瞳から、涙を拭った。
「私の話を聞いて頂けますか?…これは脅迫ではありません」
「脅迫以外の何物でもない」
後ろの男、趙雲が呆れたような口調で呟く。彼女はそんな彼を見上げ、震えながらも頷いた。
…逃げないから、はなして。
うるんでいたがしっかりとした目が真っ直ぐに彼を見上げ、そう語った。
趙雲は腕に回した手を離す。
おそらく、彼女は逃げない。
根拠も何もない妙な確信があったが、果たして、それは正解であったようだ、あっと声をあげる諸葛亮とは反対に、彼女は視線を諸葛亮へと向けた。
「逃げないそうだが、軍師殿?」
「そうですか、では」
彼の言葉と同時に、趙雲は回していた腕を解き、大きく伸びをした。
どうしても、話をしたい女性がいるのです。
彼がその話を持ちかけられたのは昨日の事であった。
会いたいと願う彼、そして話を耳に挟んだ主君に押し切られる形で、彼は強制的に仕事を放り出すことになりながら同伴したのであった。
伸びをしながら、縁側へと足を向け、歩き出した。
「覚えていないでしょうか」
奥の土間からはいい匂いがする、と彼は思った。
「隆中に居たときの事です、私は熱を出し、恥ずかしながら畑で倒れておりました」
みしっ、と音がする。彼は音のした場所を迂回した。
「その私を、通りかかった貴女は家まで送ってくれましたよね?」
縁側の更に端に着く。
「私が目覚めた時、薬まで置いてありました」
趙雲はゆっくりと腰を下ろし、広々と広がる畑を眺める。
「あの時、私は思ったのです」
変わった作物が並んでいるな、彼は呟いた。
「貴女をお守りしようと…やっと、見付けました、英さん」
鎧を着けないのは正解であった、そう考えながら、彼は太陽の光注ぐ空を仰いだ。
「私は、貴女のことが……」
沈黙。
雲が流れ、千切れ、趙雲はそれを眺めながら、張飛に預けてきた兵の心配や、置いてきた殿の心配など一通り考えを巡らせ終わる頃、彼の耳に、叫び声に近い声が入った。
「……でっ、ですからっ、私に付いてきなさい!」
「命令してどうする」
思わず振り返る趙雲だった、だが、諸葛亮の顔を見ると何事もなかったであろうかの如く再び空を仰いだ。
おそらく、彼女、「英」からは見えないであろう、羽扇の向こうの諸葛亮の、ほおずきよりも赤い顔を、見て。
そして、顔を戻す時に僅かに見えた、少女の頭がゆっくりと縦に動くのを、見て。
「結局軍師殿は彼女が何を知っていたと言うのか」
そのような呟きもすいこまれてゆく、良く晴れた日のことであった。
- 作品名
- 恋する孔明の暴走(孔明&月英)
- 登録日時
- 2009/06/07(日) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他