「うー」
低く唸り、一人の青年が寝台の上、寝返りを打つ。
そんな彼を睨み、趙雲はふう、と溜息をついた。
「孔明殿、疲れているのは解るがいい加減に…孔明殿?」
趙雲は机より立ち上がると、寝台を覗き込み、もう一つ溜息をつく。
なぜなら、寝台の中の青年、諸葛亮は完全に眠りの世界に落ちており、彼の話をまったく聞いていなかったからであった。
溜息をついた彼は、寝返りを打ったせいかずれていた毛布をかけ直すと、
「…寝穢いのは知っていたが」
と肩を竦め、自身の席に戻り、筆を取った。
「子竜殿」
そんな彼に、諸葛亮よりいくつか年の離れて見える青年が首を傾げながら話しかける。
「…どうした、岱殿?」
すぐに返ってきた趙雲の返事に、いえ、と前置きをしながら、岱殿と呼ばれた青年、馬岱は再び口を開いた。
「俺、いや私、前々から思っていたんですけれども」
そのまま、席を立ち、机の上の茶器に触れ、ゆっくりとした動作で茶碗を並べ始める。
「子竜殿と孔明殿の関係って変わってますよね、その、少しばかり…」
かちゃかちゃ、という陶器のぶつかる音が部屋に響く。
「そうだろうか」
書に視線を向けたまま、趙雲は答える。
「ええ、…平に訊いても伯約に訊いても首を傾げるばかりでしたけれども」
陶器の音が止まり、代わって水音が部屋に流れる。
「孔明殿と話をするときだけ、空気がふっと柔らかくなりますよね」
気のせいでしょうか、子竜殿?と急須を眺めながら彼は首を傾げた。……どうやら、彼には不思議なことがあると、首を傾げる癖があるようだった。
「そうだろうか、……特段に意識したことはないが」
「そうなんですか。……同じように、兄上と話すときは空気がぴりぴりしている、というのは痛いほど感じます」
「ああ、それは間違いないだろう、…私を呼ぶようにおい玄徳!と呼ばれては困るからな」
馬岱の兄の声真似を交ぜながら呟いた趙雲は、ふ、と短い溜息をつき、それに反応するように、馬岱は振り返った。
その顔には申し訳なさそうな表情を浮かべて。
「すみません…私の方からも言っておきますっ」
「ああ、頼む」
「本当に申し訳ないです…」
再び、茶器に向かい合う馬岱。
しばしの後にかちゃり、とぶつかる音。どうやら、彼が茶碗に茶を注ぎ始めたようだった。
「あっ、そういえば、それも不思議だったんですよね」
「それ?」
趙雲が問い返す。
「はい、丞相相手なのに子竜殿はまるで友人のような話し方をなさっているのが私には不思議で」
「……友人」
はい、と馬岱から返事が返ってくる。
「それはまるで同郷のような」
彼の言葉に対しての趙雲からの返事はなく、かちゃかちゃと茶器が鳴らす音のみが響いた。
「……子竜殿?」
二人分の茶を乗せた盆を手に、彼は振り返った。
「どうしました?」
机の木と茶器がぶつかり、こつりと音を立てる。馬岱が俯いている趙雲の席の前に茶碗を置いたのだった。
「私、なにか…?」
自らの席の前にも茶碗を置き、馬岱は彼の顔を覗き込んだ。
暫く彼の表情を眺めたままだった馬岱だったが、やがて自ら淹れた茶に手を伸ばし、飲みながら仕事を再開するのであった。
「…まさか、気付いていなかった、なんてこと…」
独り言を呟きながら。
- 作品名
- その名を呼ぶ者は(主従の関係/馬岱&趙)
- 登録日時
- 2009/11/26(木) 00:00
- 分類
- 文::小ネタ・ジャンル混ぜ