Boast in mind
城郭の上、馬超は旗を手に、下を見下ろす。
そこには、千人程の兵士が槍を振るう姿があった。
ひょろりとした体格の兵士たちはへろへろと槍を振るっては地面に膝をつく。
馬超は、そんな彼らを眺め、情けない、と呟いた。
もちろん彼らは、彼の兵士ではない。
彼らは、
「よう、子龍!」
そう馬超が呼び止めた青年の部下である。
「孟起殿か、ああ、それは」
趙雲は振り返り、馬超の手にしていた旗を受け取り、振るう。
「なかなかいいものだな、助かった」
「だろ?俺が見立てたものだ、馬上でも持ちやすいようになってるぜ」
さらに、旗を両手で構え、大きく身体をひねると回転させる。
「孟起殿らしいな」
「だろ?」
にっと笑う馬超、だがすぐに彼の肩を抱くと、そっと耳元で呟く。
「この兵士たちはどういう事だ」
彼の言葉に、趙雲は穏やかに微笑んだ。
「翼徳殿の軍に付いていけなかった者達だ」
私の下で訓練をしている、そう呟くと、彼は旗を振るった。
途端に、兵士たちは疲れ切っていたのだろう、その場で膝を折り、くずおれる。
背中合わせに座り込み、そのまま倒れ込む兵士もちらほらだが見られる。
「んー確かにな、あの将軍だったら殺しかねないだろうな、いっそ」
「それは駄目だ」
「まだ何も言ってないだろ?」
一人の兵士が城郭を登り、竹筒を二本、彼らに手渡した。
趙雲は、それを受け取ると
「水だ」
馬超に手渡し、兵士に向かって頷く。
失礼します、という声が聞こえると同時に、彼は馬超に向き合った。
「彼らは義勇兵だ、……殿は彼らを、彼らの気持ちを見捨てられない」
そう話す趙雲の横を通り、馬超は木箱の上に腰を下ろす。
「あんたもか?子龍」
頷く趙雲。
「…此所にはどうにもならない兵は殆ど居ない」
「なるほどな」
足を投げ出し、竹筒の先にねじ込んであった栓を取り、竹筒の中身を口に含むと、横目で兵士達を眺める。
「翼徳殿も損な役割だろうな」
僅かに頷く趙雲。彼もまた、水筒に口をつけている。
「それはもう、嫌われ役もいいところだ」
「あーやっぱり言っているのか?…その、なんだ…悪口」
馬超は「悪口」のところのみ調子を落として答える。
「…私に、ではないが」
それをあっさりと肯定し、趙雲は彼と反対の方へと首を動かす。
「そうか…子龍」
「なんだ」
「お前も損だよな」
目を見開き、趙雲は彼の方を振り返る。
「なっ」
一瞬、驚きの表情を貼り付けたまま言葉を失う趙雲であったが、ふっと糸が切れたように、それを笑みへと変える。
「そうかも、しれないな」
――成都入りして以降、趙雲と張飛が酌み交わす場面を、誰も見ていない。
誰も、二人を同席させない。その上、誰もが関係改善に動かない。……諸葛亮すらも。
違和感のある距離、その真意に彼、馬超が気付いたのは、目の前の青年の表情に一片の憎しみも零れていなかったから、だった。
困ったように笑う趙雲、そんな彼を眺めながら、馬超は身につけていた槍を手に取った。
「…どっちにしてもだ」
槍のきらめきを視界に入れた途端、趙雲の表情が締まる。
馬超はそれを見つめながら、微笑んだ。
「将の質というのは兵の質だけじゃ解らんだろうな」
趙雲も頷き、旗を手にする。
「ああ、全くだ」
すっ、と二人の槍が穂先を上げる。
二つの風が城郭の上で、弾けた。
(おまけ)
「ああ、全くだ」
二人の槍が穂先を上げる。
一筋の風が、彼の髪を、彼の兜飾りを揺らす。
その静寂を破ったのは、馬超であった。
遅れて趙雲、彼らの槍は打ち合い、火花を散らす。
「子龍、その槍は、手加減か?」
風に舞う旗、その旗を槍の代わりに構える趙雲は、厳しい表情を崩さず、彼に告げる。
孟起殿、貴方の見立てたものだ、負けるはずがない、と。
その言葉に、一瞬表情を崩す馬超だったが、すぐにいくさびとのそれとなり、吐き捨てた。
「ならば、賭をしよう」
「賭け…」
「そう、賭けだ」
「…孟起殿、私はそろそろ限界だ」
馬超は彼の大切なところをまさぐる。まるで、その感触を楽しむかのように。
いや、楽しんでいるのかもしれない。
彼の言葉を聞き、さらに奥へと手を進め、丁寧に整えられた毛を彼の思うまま乱していく。
「子龍、賭けに負けたのはお前だ」
今にも殴りかからん様子の趙雲。だが、大切な場所を押さえられているため、身動きが取れず、彼の為すままになっている。
「…だがもう確かめただろう!」
彼が手を動かす度、趙雲の髪は乱れていく。…それが、余計に彼の心をくすぐる。
「いや、まだだ」
「嘘を…」
それきり、ぎりぎり、と聞こえそうなほどに口を引き結ぶ趙雲。
「嘘じゃないぞ、…小さくはないと思うのだがな」
「…小さくてもいい、いいからその手を放してくれ…兵達が見ている!」
彼の言うとおり、趙雲軍の兵達が数名、彼を見つめ、何かを話している。
…決して悪口の類でないことは解っている、が、いくつかの視線が彼らへと向けられている。
その視線を感じながら、趙雲は頭の上の、いまだ彼を撫で続ける手を睨み付けた。
身長の違いが、触れただけでわかるものか!そう、内心呟きながら。
- 作品名
- Boast in mind(馬趙/将軍と兵士と)
- 登録日時
- 2009/06/02(火) 00:00
- 分類
- 文::三國無双