柱の影、顔を覗かせる青年が一人。
彼は僅かに顔をせり出すと、辺りを窺う。
「……よし」
ひとり呟くと、兜を被り、大きく溜息をついた。
「見つかるわけにはいかないからな…特に子龍には…」
両手で兜を押さえ、そっと一歩を踏み出す。
――だが。
「何をしている」
背後より投げられた声に、彼はびくりと震え、固まる。
「なんだ、孟起殿ではないか」
彼の必死の努力をぶち壊すように、その声の主は青年の名を呼んだ。
だが、彼、馬超は壊された努力を拾い集めようとしているのか、あるいは単に頭が完全停止しているのか、硬直したまま動かない。
「孟起殿」
後ろの声の主は、硬直した彼の態度を心配したのか、普段せわしない程に動く彼の、硬直した姿を怪しんだのか、訝しげに彼の肩を叩く。
びくりと彼の肩が動き、同時に、
「あっ」
大事に抱えていた頭から兜が転がり落ち、つられるように馬超の硬直が解ける。
「うわっちょっと待て!待てったら待て!」
そのまま、転がっていった兜を追う。
「…ん」
あまりの慌てように、肩を叩いた男も一瞬動きを止めるが、視線を動かした先、兜の無くなった馬超の頭が目に入り小さく声を上げたのだった。
一方、漸く兜を手にし、大事そうに抱える馬超。
しかし、すぐに後ろの男性に気付き、再び固まる。
「しりゅう」
と呟きながら。
馬超としりゅうこと趙雲の間に二人の間に沈黙が広がる。
それを崩したのは、趙雲であった。
彼は馬超の頭を見つめていたが、ゆっくりと口を開いた。
「孟起殿、……その頭はどうした」
彼の言葉に、馬超は慌てて兜を被る。
だが、彼の異変……特徴であった長く豊かな金糸は黒い焦げを纏い肩までの長さを辛うじて保っているばかりであった……を知られてしまったのは確かであった、
「な、何を言っている…ん、だ?子龍」
そのまま、引きつった笑みを浮かべるが趙雲は眉一つ動かさず、兜を見つめ続けている。
後退りしながら叫ぶ馬超だったが、
「何だ…た、大したことではない、ぞ!今日の戦いで呉の軍師に焼かれたとかは無いからな!」
そこまで叫び、はっとした顔で凍り付く。
…果たして、彼の予想通り、趙雲の表情に変化があった。彼は、趙雲の眉がわずかに上がったのを見逃せはしなかった。
後退りを速める馬超。だが、趙雲はそれより早く、彼の右肩を掴む。
「焼かれた、だと?」
「いやっ聞き間違いだ子龍!」
続いて左肩を。
「いや確かに聞こえたぞ、孟起殿。どういう事だ、そなた程の武人が…」
馬超は顔を伏せ、兜を深く被る。
「……聞くな、頼む」
趙雲にしか聞こえぬような小さな声で呟く馬超、そんな彼を暫く眺めていた趙雲だったが、ふ、と小さな息を吐き出した。
「ならば仕方がないな…私の部屋へ来てくれ」
同時に、彼の肩から、手が外れる。
「は?」
意外な彼の言葉に思わず顔を上げる馬超。
その瞳には、少し呆れ顔の趙雲が映る。
趙雲は薄く笑みを浮かべると、優しげに口を開いた。
「錦馬超がそれでは情けなかろうに、整えて差し上げよう」
そして、
「どうせ孟起殿の事だ、誰かを庇った結果なのだろう?ならば私があらためて訊くことは何もない」
そう言うと、踵を返し、彼を手招きした。
「誰かに見つかる前に、早く来い、……孟起殿?」
しかしいつまでも動かぬ馬超に、趙雲は首を傾げる、がすぐに歩き出した。否と言わぬのならついて来ると思っての事であった。
「……畜生っ」
少しずつ距離の開く趙雲の背中に、一言呟くと、馬超は彼を追い始めた。
――ああ畜生、「趙将軍苦戦」の報告が無けりゃあ、ここまでこっぱずかしい目には遭わなかっただろうな、畜生!
- 作品名
- そこのきみとここのぼくと(馬趙/自慢の髪の毛・エンパ長髪馬超)
- 登録日時
- 2009/06/15(月) 00:00
- 分類
- 文::三國無双