「しりゅ」
袖を引かれ、趙雲は振り返る。そこには六歳位の少年が目を潤ませ、彼を見上げていた。
すぐに、何かあったのだと悟り、彼はゆっくりと腰を落とし、少年の目線に並ぶ。
「どうしたのです?」
精一杯の趙雲の笑みに、少年は口を開く、だが、
「お腹が…あっ」
しまった、といった風にすぐに口を手で塞ぎ、ぷるぷる、と首を振った。
彼はそんな少年の腹にそっと手を添え、
「腹がどうかなさったのですか?」
と再び尋ねた。だが、少年はふるふると首を振るのみ。
その瞳に、なにかに対する怯えを感じ取り、趙雲はそっと彼を抱き上げた。
ずしりと重いその身体は、しかし彼の得物よりはずっと軽く、小さく、彼の胸の中に収まった。
…流石にもう、鎧の中には入らぬか。内心呟きながら、趙雲は再び彼を見つめ、口を開く。
「孔明殿がなにか申したのですか?阿斗様」
「何も言ってない、よ」
それでも頑固にぷるぷる、と首を振り続ける阿斗。
だが。
彼の腹より、くくっ、と鳥の啼くような音が二人の耳に響く。
暫くの沈黙。やがて趙雲が口を開く。
「阿斗様、孔明殿に最近食べ過ぎと…」
「なんでわかるのじゃ!」
彼の問いかけに目を丸くして答える阿斗。すぐにあっ、と声を上げはっとした表情に変わる。
「子竜、騙したというのか!?」
「いえいえ、そうであろうか、と気になったことをお尋ね申し上げただけでございます」
むっとふくれる阿斗。彼にとっては騙された、という気持ちが立ってしまうのだろう。
だが、そんな彼とは裏腹に、趙雲は彼の頭を優しく撫でた。
「実は私の部屋に菓子が山ほどに届き、参っていたところなのです、もし阿斗様さえよろしければ処分を手伝って頂けると非常に助かると思いまして」
その言葉に、むっとしていた表情を緩め一瞬首を傾げる阿斗、だがすぐにその表情はぱぁっと輝き、彼は口を開きかけた。
だが。
「さほどに大量の菓子ならば、私もご一緒させて頂いて構いませんね」
と背後から趙雲の肩に下がった腕と割り込んできた言葉に遮られる。
彼…趙雲はというと、そんな下がった腕を横目に、
「…孔明殿、悪趣味な」
と言葉を投げた。
「いいではありませんか、阿斗様も気になりますし、菓子は余っているのでしょう?それに」
すっと、彼の耳元に孔明の唇が寄る。
構いませんと言うまでこの手を離す気はありませんよ?
ふう、と溜息をつく趙雲。
「…まいった軍師様だ、誰が子供か解らぬな」
少年を抱え、青年を引きずった一人の男性は、ゆっくりと廊下を歩き出した。
- 作品名
- ひるさがり
- 登録日時
- 2009/01/10(土) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-孔明&趙雲