子龍は酔うと記憶を無くすのだな、なっさけないやつだ!
そう笑っていたのは孟起殿だっただろうか翼徳殿だっただろうか。
とにかく、私の部屋にちょこんと座っているのは一人の青年。
確か、私の記憶に間違いがなければ、彼は、
「伯約殿」
孔明殿の弟子だったはず、だった。
touch
「子龍殿、忘れてしまいました?」
彼の、あまりにも呆気に取られた表情に、心配そうに瞳をくゆらせ姜維は趙雲を見上げた。
「な、なにをだ?」
「この前の宴会のことですよ、丞相が私を修行に出したいと仰っていたこと」
趙雲は首を傾げた。が、すぐに何かを、いや、該当する発言を思い出したのか、ぽんっ、と手を打った。
「ああ、申し訳ない、……あの時は私もかなり酔っていたからな」
「そうだと思いましたよ」
私も忘れていまして、と何かを解ったように微笑む姜維。
「私も先ほど丞相に申しつけられまして……そもそも、本気だったんですね、丞相」
「修行をか?……しかし伯約殿の槍の腕は私が見た所確かだが」
姜維は頷く。そして続けた。
「そうなんです、丞相が仰ったのは、……副官の修行です」
「副官?私の副官になるというのか?」
ええ、と姜維は頷き、席を移動し趙雲に着席を軽く促した。
促されるまま姜維と向かい合う形に着席する趙雲。着席すると同時に、目の前に湯気の立つ椀がことんという音と共に置かれる。
「武官の仕事というものを学んでくるべき、とそう仰ったのです」
成程、と頷くと椀を手に取る趙雲。柔らかい茶の匂いが揺られて立ち上る。
「というわけでしばらくの間、置かせて頂いてよろしいですか?」
「ああ、そういうことならば私は構わないが…」
椀を呷り、趙雲は彼に微笑みかけ、ふ、と彼の手許にある木簡に目を留める。
「それは、……私が孔明殿から頼まれていたものだが」
「あっすみません、こちら、子龍殿をお待ちしている間に気になってしまって、つい…」
慌てて頭を下げる姜維だったが、趙雲はそれをからからと音を立てて開くと目で追い、彼を見つめると微笑んだ。
「ありがとう、助かった」
からからと今度は木簡が巻かれる音。
だが、それはすぐに木簡の落ちる音、そして、
「は、伯約殿?」
額にそっと触れた感触に驚いた表情の趙雲の声によって。
「伯約殿…!?」
彼が幾度か瞬きをした後、そっとその感触は趙雲の額から離れる。
そして、固まったままの趙雲の表情を見、彼の表情に不安げなものがよぎる。
「子龍殿……どうなされましたか……?」
「……伯約殿、なぜ、口づけを……?」
へっ、と姜維の声が裏返った。どうやら、彼の予想だにしてなかった質問であったらしい。
「え、……丞相が蜀ではお礼にはこう返すものだと……」
その瞬間、がたんと音を立てて、趙雲が立ち上がった。
「子龍殿っ?」
「孔明殿と話をしてこようと思う」
そのまま、彼は姜維の言葉を待たず、部屋から姿を消した。
一人、残された姜維は、首を傾げた。
なにもわからぬままに。
- 作品名
- touch(趙雲&姜維/わるいじょうしょう)
- 登録日時
- 2010/05/23(日) 00:00
- 分類
- 文::三國無双