蝶が光る。光は二人の少年少女を包むと、そっと彼らを別世界へと運び去る。
後に残されたのは三人の少年。
ゴーグルの少年、上杉と、眼鏡の少年、南条、そして、ニットの少年、稲葉の三人だった。
leaves
アラヤ神社。
鏡を見つめ、ため息を吐くのは稲葉だった。
彼は先程から、彼にもたれ掛かり鼾を上げる上杉を気にも留めず、繰り返し鏡を見つめてはため息をついている。
「ふん、お前らしくもない」
そんな、言葉のない空気を破るように声をあげたのは南条だった。
神社の階段に腰掛け、癖なのか、中指で眼鏡を押し上げながら、どこか見下すような視線を彼に投げかける。
「俺を殴った元気はどこに行った」
「うるせーな、てめえに俺の気持ちがわかるか」
南条の方を向かずに応える稲葉。
「……わかんねえよな」
彼は独り言のように呟き、ふう、とひときわ大きなため息を上げる。
「全くだ、貴様の気持ちなぞ、解るわけがないだろう」
ちっ、と舌打ち。そして、小さく呟く。なら、俺のことはほっとけよ、と。
だが彼の言葉は続く。よりによって、彼を呼び止める形で。
「おい、稲葉」
露骨に眉を顰める稲葉。
「んだ、うっせーな……ん?」
怒りのあまり、振り返った彼の瞳に映ったのはキラリと輝くなにか。
彼は持ち前の運動神経で手中に収めると、それを見つめる。
それは、鈍い金色に光る、円盤の形をしていた。
「メダル?」
指でつまみ上げ、くるくると返し眺め、おもむろにその縁に爪を立てる。
「いや、メダル型……チョコか?これ?」
キラキラと光る包み紙は呆気なく曲がり、剥がれ、中から茶色の塊が姿を現す。
「甘味は心身の疲労を緩和させるからな」
へえ、という感心の溜め息と共に、彼はそれに噛みつく。
「そう、山岡が言っていた」
言葉を続ける南条を後目に、無言で咀嚼を繰り返していた稲葉だったが、ふ、と笑みを浮かべた。
「……ああ、うまいな」
彼の言葉に、つられるように南条は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「当たり前だ」
だが次の瞬間、
「うまいけど、な、」
「どうした?」
「……これさっきのコンビニのだろ?南条わざわざ買ったのか?」
稲葉の言葉で、顔に僅かだが焦りが浮かぶ。
「そ、それは違うぞ、それは」
否、表情以上に内心は乱れているようだ、彼の声は明らかに焦りからくる詰まりが混じったものであった。
「いや」
彼は溜め息をついた。
「後で食べようとしていたのだ」
「南条食ってないじゃん」
「後とは、今ではなくだな……」
それきり口を噤む南条。瞳をゆっくりとだが左右に動かすその表情は次に口にする言葉を選んでいるようにも見える。
やがておもむろに口を開く南条。
「つまりだな、」
「南条っ」
しかし一生懸命考え選んだ言葉たちは名前を呼ばれたことでいともたやすく粉砕された。
「なっなななななんだ」
「園村の事、気付いてたんだろ?ありがとな」
不意打ちの感謝の言葉に、呆気に取られた顔の彼だったが稲葉より視線を逸らすとふん、とひとつ鼻息をつく。
「なんだ、感謝されることなど、ひとつもないぞ」
「そっか」
稲葉もまた、彼に背を向けた。
「チョコ、まだあんの?」
背を向けつつも、すっと後ろに手を伸ばす。
「一つで充分だろう」
「ケチだな」
「貴様が意地汚いだけだ」
ぶつぶつと、たまの優しさを見せるとこうだ、だの呟く南条。だが、言葉とは裏腹に稲葉の手にはきらりと輝く金貨が飛び込む。
それきり、二人の会話は、自然に途切れようとしていた。……が。
神社に鈍く何かが倒れる音が終わりではない、と告げた。
軽くなった肩口と、それが倒れた音に、あっ、と声を上げる稲葉。同時に、ぐえっ、と蛙を潰したような声も上がる。
「お、おい、大丈夫か上杉っ」
慌てて倒れたまんまの上杉を軽く叩く稲葉と、いつの間に降りてきたのか彼をじっと覗き込む南条、そして瞳を閉じたまま、うんうんと唸る彼。
「おい上杉、マジでだいじょう……」
瞬間、上杉の瞳が見開かれた。
「なっ」
「うおっ」
思わず仰け反る少年二人。
それを後目にまばたきを繰り返している上杉。程なくして彼はおもむろに口を開く。
「んあ?……俺様、寝てた?」
欠伸と共に上体を起こし、むにゃむにゃと彼は笑う。……が。
「ね……寝てた?じゃねーよ!」
「そうだぞ、……驚かすんじゃないっ」
彼は安堵が怒りに変わった二人の攻撃を食らいながらも、きょとんとした表情を浮かべていたが、やがて状況を彼なりに理解したのか、眉のつり上がった二人に向かい、
「だっひゃっひゃ」
と馬鹿笑いをあげた。
「……頭打ったか?」
「元からだろう」
「ひゃっひゃ!」
戸惑う二人にゲラゲラと笑い声を上げる上杉。
ひとしきり、彼は腹を抱えて笑い、ふと何かに気付いたのだろうか、鼻を動かしながら、辺りを見回す。
「なになにぃ?なんかチョコくせえけど……」
視線が、稲葉の手許で止まる。彼の、食べかけのチョコレートに。
「ってあああ、マーク!どうしたんだそのチョコ!」
「これは南条が」
「南条!?まじで?……俺にもくれよお!」
南条が手にしていたチョコレートに、上杉が手を伸ばす。だが、伸ばした手は、遠ざかるチョコレートに届かず、空を切った。
「な、なんだよ……意地悪だぞぼっちゃま!」
おおきく木を打つ音。
振り返った上杉が見たのは、無言で立ち上がった南条の姿だった。その手にはモップが握られている。
「安心しろ上杉。……すぐに終わるからな」
「でひゃ!怒らせちまったぜー!」
そして、二人は稲葉少年を軸に、追いかけっこを始める。
「あーあ……」
一人呆れたように溜息をつくと、稲葉少年は残りのチョコレートに口をつけた。
心にしみこんでいく甘さを、ゆっくりと味わいながら。
- 作品名
- leaves(1P・南条・稲葉・上杉)
- 登録日時
- 2011/05/31(火) 01:42
- 分類
- 文::Persona(1~3P)