ふっと、とある小城の楼閣の下、…少しばかり広まった場所になっており、有事の際は小隊の集合に用いられると彼は聞いていた、もっとも、帝都襲撃なんてものはそうそうあるものではなく、虎将の息子である彼すら目の当たりにしたことはもちろんない、もっぱら談話に使われている場所…そこに新参であり、恐らく同年代の青年が立ち尽くしているのを見つけ、彼はおーい、と声を投げる。
彼が呼び止める用事などありはしなかったが、立ち尽くしている、確か馬岱と名乗っていた青年は珍しくも一人であったからだ。
というのも、普段彼の隣には賑々しい従兄上が立ち、軍事から夕飯の事までひたすら高らかに話し続けているからだった。
少なくとも、彼の目にはそう映った。
だからこそ、前々から馬岱に、同年代、しかも虎将の従弟と聞き興味を抱いていた彼は、話を出来るのではないだろうか、そう思い呼び止めるという行為に出たのであった。
果たしてその声は、武官が出払い、騒がしい文官もいない、よって静かであるはずの城に響いた。
となると彼の耳にも入ったはずだ。
だが、彼は反応ひとつ寄越さず、彼に背を向けたまま歩き出した。
慌てて、馬岱殿!と名前を呼ぶ彼。だが「おーい」と同じ、無反応のまま、彼は広場を後にしてしまう。
「ということがあったのですが」
彼の言葉に、趙雲は眉をひそめる。
「なるほどな……関平殿、そなたの言いたいことはよく解った。しかし」
そこでひとつ短い息をつく趙雲。関平、と呼ばれた青年をそっと見つめ、彼は温くなった茶を飲みほし、口を開いた。
「私はそのような事を得手としているわけではないのだが」
そのような事、とはもちろん将官同士の関係の改善、そして改善の為に助言をする事であった。
「そうなんですか!」
意外である、と関平は心底驚いた様子で目を丸くした。
そしてすぐに趙雲は関平が彼を頼りにした理由を知る。
「孔明丞相に申したところ、『子竜殿に話せば解決に決まってますよ☆』と仰有いましたので」
ちっ。
関平が少し驚きの表情を見せる。
一方、趙雲は舌を打ったのが自身であると気が付くのに僅かな時間を要し、その後内心で一際大きなため息をついた。
もっとも、それは孔明なる少々歪んだ人物の歪んだ好意の表れであることに趙雲が気付かなかったが故のものであるが。
…話を戻し。すまない、そう口にした趙雲に、
「それじゃあ、他を当たってみます」
茶椀を置いてふっと微笑み、礼を口にする関平。
だがすぐに向かいの男性が何か考え事を始めているのに気付いた。
「子竜殿?」
不思議そうに覗き込む彼に、趙雲はああ、と応える。
「馬岱殿に関しては心当たりがないわけではないな」
そして直ぐに……今、思い出したのではあるが、と付け足した。
「心当たり、とは」
そう首を傾げる関平に、彼はおそらくだが、と切り出した。
「おそらく、私の予想が当たっていればの話だが、前に回り込み、肩を叩いてから話しかければ応えてくれるはずだ」
「は?」
全くもって理解できない、そういう表情を顔全体に浮かべ、彼は趙雲をみつめた。
「よくわからないのですが…そういうこと、ですか…?」
その瞳に訝しげなものを感じ取ったのか、趙雲はそっくりそのまま真似をして見せた。
「…確かではないがな」
関平は笑う。
ぱたん、と最小限の音を立てて、扉は彼の部屋を廊下より切り取った。
切り取られ、閉じ込められた部屋の中で、彼、趙雲は近くに在った書を開き、寝台に腰掛ける。
彼は文机を嫌っているわけではない、しかし、書き物をするわけでもないのに文机につかなくてはならないとも考えてはいなかった。切り取られた自室の中において体裁を整える必要もない、そうも考えていた。
要するに、彼にとって寝台が座りやすく、さらに近かった、ただそれだけの話であった。
腰掛けると、彼はぱらぱらと巻いていた書をほどき、中程…四半分のあたりから読み始めた。
ふ、と馬岱は腰掛けた椅子から窓を見上げた。
少し色の薄い自らの髪がさっと視界に入り、そのまま見えなくなる。
ふう、と何気なしに溜息をつき、空を流れる雲、その中のひとつをじっと見つめる。
「兄上…迷惑をかけていないといいのだが…」
雲が流れ、窓枠にその端が触れたその時。
「馬岱殿」
ぽんぽんと肩を叩かれ、振り返る。
「…おや、君は?」
肩を叩いた青年はふっと微笑むと
「五虎将、関雲長のむすこ、関平だよ」
そう名乗ると、彼は椅子の空いている場所をぽんぽんと…先程肩を叩いたのと同じ調子で叩く。
馬岱もにこりと微笑むと、同じように椅子を叩く。関平は軽く頷くと隣に腰を下ろした。
「そうか。私は……」
「同じく五虎将、馬孟起殿のおとうと、馬岱殿、だよな?」
驚くように目を丸め、すぐにこくっと頷く馬岱に、笑みを強めると、関平は丸めた拳の、人差し指と親指を何かを挟むように伸ばすと、それを呷るように傾けた。……飲みにでも行こうぜ。そう瞳が語る。
「悪くないね」
馬岱も、八重歯を見せるように笑い、ぐっと拳を突き出し、彼のその手にコツン、と当てた。
「何故わかったのです、子竜殿」
羽扇をはたはたと仰ぎ、寝台に腰を下ろした青年は気怠そうに訊ねた。
「孟起殿を見ていれば大体のことは解るだろう」
残り四半分になった書を巻きつつ、ぼそりと呟く趙雲。
その視線は本より僅かに窓の外に逃れ、紙のこすれる音と共に、文机の上の書に戻る。
彼は先程訪れた突然の訪問者に寝台を占拠され、逃れるように文机に着いていたのだった。
「あれだけ従兄弟同士で毎日話していれば、いや、孟起殿が一方的に話しているようなものだからな、良いことか悪いことかは解らぬが、…知らぬ間に聞き流す癖ぐらいつくだろう…それは孔明殿の方がよく解っていたのでは?」
書より再び目を離し、趙雲は窓の外を眺めた。
青年がふたり、何事かを話しながら市街の方へと去っていく。
「そうですね」
寝台の方よりにやり、とした笑みが飛ばされ、彼はふう、と大きな溜息をついた。
そしてすぐに、書を置き、席を後にする。
「おや、どこに行かれるのです?」
「少しばかり孟起殿のところへ」
きっと話したいことが溜まっているだろうから、そう呟く趙雲に、孔明殿と呼ばれた青年は、布団に潜り込みながら、では少しばかり寝かせてください、と呟き返すのだった。
部屋を後にするとき、趙雲が吐いたひときわ大きな溜息に、彼が気付いたかどうかは解らない。
- 作品名
- First contact his brother.(馬岱&関平/なかよくしよう!)
- 登録日時
- 2009/02/27(金) 00:00
- 分類
- 文::創作三国志-その他