青く澄んだ空、それは今も過去も全く変わらないのだな、と空を見上げる青年。
青年と呼ぶにはあまりにもあどけない顔をした、彼の名は堀川国広。
刀にこめられた思いが「心」になった付喪神のひとりだ。
彼は陽の良く当る縁側の上、がっくりと肩を落し、小さな溜息をつく。
「兼さーん……」
溜息交じりに呟く人名らしき単語、それは彼の相棒の名前だった。
和泉守兼定。かつて同じ主に仕えた身として、彼は特別な思いを抱いていたのだった。
だが、今、彼は一人だった。
戦支度を持ってきた彼に対して、兼定は彼にとって石のように重い言葉を放ったのだった。
「今回は待機な、そう主が言ってた!なんて笑い事じゃあないですよ、本当に、もう……」
この、西暦二千二百五年の世にはじめて掴むことが出来た手、共に在ることが出来る喜び、あるいは、帰還を待つこの寂しさ、心配。
「……解ってはくれないんだろうなあ」
自分の刀身を抱え、もう一度溜息。
あと、もう少し、もう少しだけ、口の中でくり返し、瞳を閉じる。
ちょっとぐらいだったら寝てしまっても大丈夫だ、と心の中で呟きながら。
縁側談義
青空の下、太陽の光を浴びたにんじんはなんて美味しいんだろう!
にんじんだけじゃない、この、と、とまと?も美味しいな!
畑より本丸へと続く坂道は意外と長い。
その長い坂道を、お揃いの篭を背負い、延々と野菜の話をしながら、二人の少年が歩む。
踊るようなステップを踏む黒髪の少年と、少し遅れてゆっくりと歩む銀髪の少年。それぞれ、名を鯰尾籐四郎、骨喰籐四郎という。彼らもまた、付喪神の一人だ。
「まだ食べるのか」
骨喰が、前を行く少年、鯰尾を窘めるように口を開く。
「いいや、」
「食べてるじゃないか」
篭に手を突っ込みながら首を振る鯰尾の言葉を、ばっさり切って捨てる骨喰。
「……俺、なんだかんだで畑仕事滅多にやらないんだ、だから、たまには、ね」
「たまに、だろうか」
首を傾げる骨喰。あと一押し。心の中で鯰尾は頷く。
「ああ、だから――」
「三回は少なくないからな」
ぐ、と息の詰まる音。同時にいつの間にやら取り出していたトマトを、そっと黒髪の少年は篭の中に戻す。
が、ふと思いだしたように、トマトを再度掴み上げる。
「言っただろ……っ!」
まだ諦めぬのか、しつこい、そう口を開きかけた少年の唇にトマトが触れる。
「えーい!」
いや、果たしてそれは、唇が触れる、という優しいものではなく口付けという、と言うにも乱暴に、彼に押しつけられたものであった。
「んな!」
吃驚して開いた口に、炎のような赤いトマトがねじ込まれる。
「よし、これで一緒だな」
にいっ、と鯰尾が笑う。
「……お、おまえっ」
さすがの骨喰も、わずかに表情に怒りを滲ませる。
「でも、美味しいでしょう?」
だが、目の前の少年の満面の笑みに、少々毒気を抜かれたのだろう、トマトを片手に、呆れた表情を浮かべる。
「……確かにな、あの主、本当は此方に向いているのだろうな」
潰れたトマトの端に口をつけながら、彼は応える。
「うん、俺もそう思うよ」
彼の物より小さい、ビー玉の大きさのトマトを口に含みながら鯰尾少年も頷く。
「誰に対してもわたわた喋るんだもんなあ」
「違いないな……嫌いではないが」
お互い、にっと笑う。
視界の右端にあった雲が、中央で千切れ、左端に去る頃。
堀川は「声」に気付いた。本丸の出口、畑や馬小屋や、各種施設へと繋がる階段の方向、わぁわぁと甲高く喋る声と、織り込むように応える声。おそらくは、青年と少年の狭間に立つ彼と、年頃の変わらぬ少年の声。
――あのね、ちょうどね、君と同じくらいの子が居るんだよ、仲良くしてあげて欲しいな?
そういえば、主が言っていたか、聞いた覚えがある。彼が遠くにある記憶の紐をたぐり寄せる間に、二人の少年は階段を上りきり、足を止めた。
「あーつかれた」
黒髪の少年が口を開き、
「つかれたな」
銀髪の少年が応える。
「刀なのにな」
「まったくだ」
そして、至極当然のつっこみに、お揃いの溜息。そして笑う。
……そんな、軽口をたたき合う彼らを堀川は眺めていた。
まもなくして、笑い合っていた彼らも、ほどなくしてまた、何かに気付いたようであった。
おそらくは、堀川青年に。
最初に気付いたのは黒髪の少年だったようだ、食べようとしたのだろうか、長々と伸びた胡瓜を手に、彼の座っていた縁側へと歩み寄る。
「これ、取りたてなんだ」
そう言い、鼻先に胡瓜を突きつける。
「もう少し言い方があるだろうが」
少し慌てた様子で、銀髪の少年が彼の隣に立った。
「……挨拶が遅れてすまない、俺は骨喰籐四郎」
もう一人の少年、
「俺は鯰尾籐四郎!こいつとは兄弟なんだ」
彼の突きつける胡瓜を奪おうとしながら。
「あっ、こちらこそ……僕の名は堀川国広」
「堀川くん、だね」
応える鯰尾の隣、ぺこり、と頭を下げたのは骨喰。彼は口を開く。
「確か新撰組の土方副長の刀」
苦笑いし頷く堀川。
「……そう、偽物かも知れないけれど」
首を傾げながら、黒髪の少年は縁側、堀川の隣に腰を降ろす。
背負っていた野菜篭をそっと置くものの、年季の入った木の板がきいっ、と音を上げた。
「へえ、よく知ってるなあ」
自らの兄弟を見上げ、彼は笑んだ。
「俺には過去がないからな、学ばなければな」
「それは俺も一緒だけどなあ……未来のほうが大事じゃない?」
傾げた首をぐるぐる回しながら、立ったまま篭だけ降ろしている少年に問うた、
「だが満身創痍はよくない」
すぐに答えが返ってくる。が、理解は出来ても面白くないのかはぁい、とどこか面倒そうな溜息交じりの返事に、彼の隣に座る青年は少し空気が抜けたような感触を覚え、思わず破顔する。
「ところでさ、こんなところで何やってるの?」
彼の壁が少し薄くなったのを見逃さず、隣の少年が覗き込むように問いかける。
さらり、と腰まで伸びた黒髪が、縁側の板を撫でる。――既視感。
思わず顔を上げ、口を開く、
「あっ、……実は」
「俺においてかれたんで、拗ねてたんだよなあ?な?」
ぽす、と堀川青年の頭に、大きな手が添えられた。彼ら三人より、ずっと大きなオトナの手。
「あっ……か、」
頭を置かれたまま口をぽかんと開け、数拍の後、金魚のようにパクパクと必死に、そして声を絞り出す。
「か……か……兼さん、」
察しが良いのか、二人の少年はすっと縁側と向かい合うように並ぶ。堀川の後ろに立つ人物を、窺おうとでもしているのだろうか。
少しだけ、ぴりっとした空気が流れる。だがそれも一瞬のこと。空気を裂いたのはその闖入者、和泉守兼定本人であった。
「よ、国広がお世話になったな」
「こちらこそ、あっ、俺は鯰尾籐四郎」
慌てて佇まいを直す籐四郎の兄弟に、自らも乱れた髪に乱暴な手つきで手櫛を入れる兼定。ひょっとして、押っ取り刀?刀だけに?心の中で笑う鯰尾。
「骨喰籐四郎。……元々俺たちは豊臣の刀だった、ようだ」
「忘れてるんだけど、ね……もっと昔からいたかもしれない」
「へえ、豊臣、ねえ……随分と古いんだな」
縁側に腰を降ろした兼定の、リボンを解きながら、溜息をつく堀川。
「兼さん、僕もそうなんだけどね」
あ?そうだっけ?首を傾げる青年に、彼は溜息をもう一つ。良い意味に取っておきます、と呟きながら。
「……ところでお前らよ」
しばらくの後、あちこちへと散らばっていた髪を綺麗にまとめてもらった兼定が、おもむろに口を開く。
「なに?」
「なんですか?」
声をそろえて兼定の言葉に首を傾げる籐四郎の二人。
「畑仕事じゃねえのか」
「!……そうだ!」
何かを思い出したかのように手を打つ鯰尾の横で、篭を覗き込む骨喰。
「……しまったぞ、食べ過ぎてしまったようだ」
少しも慌てたそぶりもなく、慌てたようなことを口にする彼に、くすり、と兼定の後ろでわらう声。
「これあのひとに怒られちゃうなあ……」
そのまま、肩を寄せながら追加で取りに行く?どうする?と密談を始めるふたり。
しばらく、兼定は彼らを眺めていたが、ふ、っと自らの背後に向かって声をかけた。
「国広」
「はいっ」
そのまま、振り返って、密談中の二人を指差す。
「あいつら、手伝ってやれよ」
「えっ」
六つの視線が彼のほうに集中する、驚いたのは堀川だけではなかったようだ。
「今からだと夜になっちまう」
遠くに橙色の夕陽を認めながら、彼は後ろの相棒に微笑む。
「でも」
眉尻を下げながら彼の着物の裾を掴む堀川。
「大丈夫だ、俺なら居なくなんねえよ、馬鹿……ほら」
そう、口にすると、拳を彼に向かい突き出す兼定。
「……ほら、指切りだ。……約束する」
その言葉の通り、突き出された拳から伸びる小指。
兼さん、と声が漏れ、延ばされた拳。それが答えだった。
手を振って篭を背負う少年達三人を夕陽に、手を振る兼定の、後ろに影。
「落ち込んでいるのかい?雅じゃないなあ」
同じく兼定の名を持つ刀の一人、歌仙兼定であった。
「だまってろ」
「おお怖いねえ」
「……あいつには俺だけじゃ駄目なんだよ」
「そうか、そうだね……じゃあ私がなぐさめ」
「ケンカ売ってんのか」
土のにおいを含んだ夕風は、オトナたちのぼやきを含みつつ、邸へと流れ込む。
---------------------------------------------------------
がっつりはまっておりました。とりあえず近侍鯰尾・メイン鯰尾の二刀持ち。
どこからどこまでがオトナなんだろう。とか。
兼さんと堀川くんを引き裂きたいわけじゃなく、どこに居ても一緒をやりたかったというか。
- 作品名
- 縁側談義(とうらぶ/鯰尾・骨喰・兼さん・堀川)
- 登録日時
- 2015/02/13(金) 03:48
- 分類
- 文::その他